精進を重ねようと思う。
鳥獣慰霊祭
精進を重ねようと思う。
春から夏にかけて受け持っている阪大での授業「共生の技法」が終了…今年はオンライン授業で、30名余りの学生さんとのZoom授業&メール文通が4ヶ月続き、やり取りはA4用紙にして600ページを超えた。軽く何冊かの本になる量(笑)
メールでのやり取りは、長文のものや個人的で繊細な内容のものもあり、全員分の返事にはとんでもなく時間がかかったけれど(まだ残ってる)、感性豊かな学生さんが多くて、僕自身も言葉や表現・問いかけの修練になり、良い経験をさせてもらった。以前FBでの投稿で、この授業の内容に興味を持ってくれた方々も多かったが、今回も最後の課題の学生さんたちの回答が一つ一つ素敵で…ここで紹介できないのが残念に思う。
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◆最後の課題、こんな感じ。
①共生社会・多文化共生世界を実現するためには、どんなことが必要だと、あなたは考えますか?幾つ挙げてもらっても構いませんので、現時点で思いつくアイディアを聞かせて下さい。
②共生社会・多文化共生世界の実現を阻むものは、どんなことだと、あなたは考えますか?幾つ挙げてもらっても構いませんので、現時点でのあなたの意見を聞かせて下さい。
③今のあなたが、「生まれたばかりのあなた」の養育を任されたら…あなたは、自分自身をどのように育てたいと考えますか?
④今のあなたが「生まれたばかりの両親」の養育を任されたら…あなたは、自分の両親をどんな風に育てたいと考えますか?
⑤あなたが「今の自分がイメージする、最高の状態」にあるならば、あなたは社会で・周囲の人間関係の中で、どのような「はたらき」を担うと考えますか?
⑥あなたが現在「そうなれないでいる」「そうなれないような気がする」ならば、それは何故だと考えますか?あなたが「そうなる」ことを阻んでいるものがあるとしたら、それは何でしょう?
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…特に④かな。20代の若い人々が、どんな風に親の世代を眺め、社会の大人を眺め、そしてどんな風に大人に疑問を持ち、そして愛情を抱いてくれているのか、ホントは皆さんに知って欲しい。
⑤や⑥からは、今の社会や教育が若い人の心の内に何を引き起こしているのかが浮かび上がって来る。授業では、「思い込みの解除」や「自分育て」など、幾つかのテーマでいろいろな話をしているので、質問はそれらを踏まえたものになっている。
もちろん、この授業…「ヒトは何故うたい、おどるのか」という副題がついているので、音楽や踊りに関しても色んな話をしている。でもこの国に暮らす大半の人は、音楽と言えば商業音楽や教育を通したイメージしか持っていないし、音楽という言葉についても(たとえば、いつから使われているか・元々この字を何と読んでいたのか・ミュージックと音楽はどう違うのか・なぜ音を「おと」というのか・楽と「たのしい」はどう違うのか…等など)、今の教育は根元のところを何も教えてないから、音楽という言葉自体が指す意味も小さく狭くなっているし、社会で共有されてる固定観念はかなりある。
なので、僕のやることはまず「信念体系を、ひっくり返す」作業。思い込みを解除するためには、まず思い込みに気付いてもらわなくちゃけない。でもやはり思い込みは「それが思い込みと気付きにくいからこそ、思い込み」とも言える(笑)なので多少、学生さんの顔からハテナがいっぱい飛び出すのが見える中、話さなくちゃいけないこともある。
Zoom授業に先立って、自分を観察してもらうためのアンケートや、映像を使った動画鑑賞会も行った。今年紹介した映像は、エストニアの「歌を共有する社会」、アイルランド移民の歌、チリの新しい民衆歌、アルメニアのダンス・ムーブメント、パラグアイのスラムで生まれた廃品楽器オーケストラ、ロシアの「古い歌に目覚めた若者たち」、口笛で会話する世界各地の村、ウイグルの伝統的な祭・風習、ナーガ族の仕事歌、タゴールの詩と歌の文化、旧ユーゴ全域で歌われるロマ(ジプシー)の歌、グルジェフのムーブメント、などなど…。
頭が柔らかい人は、そこからいっぱい感じ取ろうとして半ば言葉を失っていくし、頭が固い人は、今の自分が持ち得ている情報と思い込みで、分析を試み言葉を並べようとする。初めて出会うものに対して、自分の中で何が起こっているか、気が付いている人は、そういない。
今年も、感じることや知ること、考えることや表すこと、分かるということや信じるという言葉の意味、それらが表そうとしている意識のはたらきについて、ビジュアル的に解説しながら、僕は僕の方で、学生さんたちの世代が何を求めているのか、時代がこれからどういう方向に向かおうとしているのかを感じ取るための時間にもなった。
個人的には、最後の課題なのに質問書いて送ってくる人や、どこに行けば話が聞けるのか尋ねてくる人や、来年も受講したいという人たちや、またメールしますとシレッと書いてくる人がいたりするのが、ちょっと嬉しかった。みんな、いい人生を送れますように。
夏至と冬至の日は、仕事を入れないと決めて、はや5年。夏至祭の朝は、家の土間の掃き掃除から。
この日一日は、飾り付けも、天地の塔の花綸回しも、ウツシダマも、輪くぐりも、何気ない大人のお喋りも、持ち寄りパーティーも、子供たちが走り回るのも…一つ一つが聖なる儀式になっていく。
聖なるの「聖」は、「ひじり」と読むけど、これは元々「日を知る」の意。
古来からの特別な日を、お祭りの日を、平日だとか休日だとかで日をずらすのは、本来ならおかしな話。この夏至祭は、冬至祭と同じく必ず夏至当日に行われる。
それにしても、今年の夏至祭は何だかすごかった。372年ぶりっていうけど、夏至の日に日蝕をこうしてこの人たちと見上げることが出来るのって、これっきりなんだな。
◆自粛と言われて、しんどい思いをしてる人たち、まずは「自重」と言い直してみて(意味は自分で調べてね)。
◆アーティストはそもそも、夥(おびただ)しい思想的ウィルスを保有しているもの。まずは自分から生み出される「それら」と共生し得る身体的知性を自分で磨き、整えておくことが肝要じゃないかと思う。今回の騒ぎ如きで、被害者のような気持ちには陥らないで欲しい。「決してコントロールされない」側の人間であるという、誇りと気概を持ちませんか。それらを持てないでいるならば、この機にそれらを熟成させることはできないだろうか。
※この冒頭要点で、「何だこれ意味不明」と思った人は、この後を読んでもチンプンカンプンだと思うので、スルーをおススメする
今、我が家はタイムの花で一面ピンクに染まっている。そしてタイムに群がるミツバチの羽音が、地面にヴーヴーと響き渡り、アゲハやモンシロ、クマンバチたちがランデヴーのように飛びまわっている。できればずっと庭にいたくなる、いわば最高の季節だけど…草刈りや畑仕事は、待ってはくれない。起床→水浴び→修行(笛)→料理→草刈り→修行→料理→近所におでかけ→草刈り→修行→畑→料理→修行→沈没(就寝)…そんな日々。これってもしかして、ここに移り住んだ頃と何も変わってないのか?過去の投稿を見たら、やっぱり同じことが書いてある。
そうか、思い出した。僕はもう2009年頃から、自ら望んで、自重期間に入ってたんだった。自重というのは、世間と絡み過ぎないよう、人前に出ることに精を出さないよう、そこで何かを得ようとしないよう、何かを分かってるような気にならないよう、という自重。元々、音楽って自分にとっては「修養」だったなぁ~と思い出したから、修養らしく音楽をやっていこうと思ったら、暮らしが勝手にそうなってしまったというだけのことなんだけれど…。だって、人前に立ちたいと思って音楽を始めた訳ではなかったし、そもそも拍手もお金も、他者の反応も、音楽を手にした時に、自分は特に求めてもいなかったものばかりだ。
自重期間に入ってすぐに体験したのは、水木しげるの作品に描かれているような「キキキキキッ」という、朗らかな笑いが自然に生まれ出てくることだった(笑)。それから4年程かけて、墜落しない程度の仕事だけしながら、どうにも売りにくい本を書きCDを作り、その後むしろ自重期間を延長しようとするかのように、この地に引っ越してきた。
で、低空飛行というものには極めて深遠で微細なバランス感覚が必要なのだと、改めて確認した。時折ビョーンと流れに乗ってトンビの如く上空に行きたくなることや、適当なところでそっと着陸して羽を休めたくなることもあるが、生きる秘訣というか、醍醐味というものは、そういうことではないみたいだな、と分かってきた。
世間では目下「押しつけ自粛」が大流行だけど、元々自重&修養生活にあった僕は、もはや自重することがフツーになってて、自重が続いてるのか押し付け自粛を被ってるのかも、分からなくなってた。つまり、自重していることすら忘れていた。
しかし、降って湧いたような状況下で、思いもしていなかった困難や苦痛を味っている人が沢山、世の中にいることは分かっている。寂しさや、それまで避けていたはずの孤独や孤立と直面し、何かを「待っている」ような気持ちになってしまっても、仕方ないかも知れない。僕はそういう、今回のことで精神的・経済的な苦難に直面している沢山の人たちが、これまでの生活で「そこまで、世間としっかり関わってきた」ということに…「現代社会の価値観と、がっぷり四つで歩んできた」ということに、むしろ感銘を受け、そして心のどこかで深くリスペクトしている。
でも、「ものごとが分かってない連中」に、安易な言葉を押し付けられて、その言葉に心のありようまでコントロールされないよう、気を付けた方がいい。自粛なんてのは、人々を悪者にするかのような言葉だ(社会から見れば・第三者から見れば、自分の方に罪や落ち度がある…として、自分で自分に罰や制限を与えようというニュアンスを含む)。「自粛要請」なんて訳の分からない言葉を国が発してしまったら、フツーに働き稼ぎ、人と関わり人とつながりながら国民生活をすること自体が、罪だと言わんばかりになる。
罪の自覚が出来ぬ者たちには、正義を振りかざし鉄槌を与えて良い…という歪んだ単純思考の人々が、悪者探しよろしく、勘違いな愚行に及び社会を跋扈(ばっこ)してしまうのは、少し考えたら分かることじゃないかな。これは今の日本社会が、判断の場が情報発信の場が、基本的に、文化に関しても歴史に関しても無知な者たちによって占拠されているからだ。
「まだ見えないことが多すぎるので、もう少し見えてくるまで、自重してください」「お互いに自重しませんか」と、まずは呼びかけるべきだった。自重とは何かを説明すべきだった。情報を共有し信頼関係を築こうとすべきだった。言葉や対処の端々に、信頼関係ではなく、制御し操ることで社会を築こうとしていることが、表れている。
自粛なんて言葉を押し付けられて、いま気分が落ち込んでしまっている人々は、ただ真面目にはたらいて生きていた人々や、言葉に対して直感的なものを持っている人たちだと思う。政治家やメディアだけでなく、言論者であるという顔をしている人々までが、右に倣えして「自粛」という言葉を行き交わせるものだから、これはウィルスよりも厄介なことになっている。誰も自重と言い直さないし、自制や自律という言葉も、ほぼ使おうとしていない。与えられた言葉で思考する…これは残念ながら。「コントロールされる側にいる」ということだ。
だから、この信頼関係のない、国や行政の押し付け自粛モードでしんどくなっている人たちは、せめて「自粛」という言葉ではなく、「自重」という言葉を使うようにして「自分自身の力と思考」を取り戻して欲しい。お互いを思いやったり、自分自身が安易な過ちを犯さないために、自分に出来る範囲で賢明になろうというのであれば、自重でいい。そしてそれは「させられる」ものじゃない。そしてそれらが現在の時点で、本当に必要なのか、実際どの程度必要なのか、改めて問い直せるようになれば、と思う。
しかし実際、自重には体力もいる。多少の計画性も必要だし、そして基本的な身体的知性が不可欠だ。気持ちだけでは、容易に「墜落」する。だから助け合わないと…これはある意味、全ての人がアーティストになれるための、機会でもあるんじゃないかな。助け合うためには、まずは自分の在り方を確固としたものにしようとしなくちゃ。そこから、互いの不安を取り除いて行くようにしていかないとね。
不安を軸にした判断は、大概誤っている。これはそれこそ、歴史を見れば明らかだ。
さて、僕はそもそも、思想も情報も、そして音楽も…世間でいうところのウィルスのようなものだと昔から思ってきた。それらは、ある特定の人間から生み出されたとも言えるし、そうではないとも言えるものだ。思想や情報、そして音楽も、発せられ、外を飛び回って、戻ってくる頃には、随分「なり」が変容していたりする。
たとえばある曲が、国外のどこかで流行したりカバーされたりしてるうちに、えらく様相が変わってしまった…みたいなことってあるよね。それを聴いて、その曲の作者や、その国の人たちはどういう反応をするだろう。オモシロ~イとか、愉快だね、と感じる人もいれば、不快に感じ、受け入れられなくて拒否反応を示す人もいるかも知れない。タイミングも重要だ。たとえば過度にエレクトリックに加工なんかされたのを聞かされたりしたら、こんなの「いやだ」と思うタイミングもあるかも知れないし、「へぇ、こんな風にもなるんだ。これもありかもね!」と思えるタイミングもあるかも知れない。
「元は自分のところから旅だったものが、戻ってきた時、生命は変容を促される」。思想にせよ情報にせよ、そして音楽にせよ、それは起こり得る。むしろ、それによって生命はどこかへ向かおうとしている。巨大な生命のダイナミズム、その「はたらき」から見た時、重要なのは、その仕組みを知っておくことと、そのはたらきを知っておくこと、そして「そこに自ら意味を与えるだけの、身体的な知性を身につけておくこと」だ。
身体的な知性に関しては長くなるので、今は触れない。でも、ここまで読んでピンとくる人は、頭で考えようとしなくても、もう身体のどこかで共鳴しているんだと思う。「それ」のことだ。
僕は小学生の頃から、思想的ウィルスを沢山、保有している。情報的なウィルスもかなり蓄えている方かもしれない。自分自身が、それらにやられてしまうかも、と感じたこともある。免疫のない人や、準備が整っていない人に感染しないよう、気を付けてもいる。それに加えて、世界各地の様々な音楽文化に興味を持ってきたから、いろんなものを触ってきて、たぶん全身常在菌まみれだ。ウィルス記憶もかなり蓄えられているかもしれない。それらの「せめぎ合い」を、自分の内で感じることもある。しかし、この同居や共生を感じられているとき、僕は生きている実感を味わってもいる。
という訳で、今日も草刈りと畑と修行に精を出したいと思う。
大阪大学で受け持っている授業「共生の技法」が、今年も始まった…といってもこのコロナ騒ぎで今は対面授業が行えないので、少なくとも4月の間は学生さんたちとメールのやり取りで授業を進めることになった。つまり、33人と文通(笑)
昨年から「手をつないで輪になって踊る」踊りの実習も授業に加わっているけれど、モロに「濃厚接触を薦める」内容なので(笑)、これはコロナ騒ぎが収束するまで、しばらくお預けになる。楽しみにしてくれてた学生さんたちも多いんだけど。
授業でどんなことやってるのか、毎年興味を持ってくれる方も多いので…学生さんとのやり取りはもちろん、ここではお見せできないけれど、最初のオリエンテーションで、僕から学生さんたちに配るイントロダクションだけ、チョコっと紹介。
長いので、興味のある方だけどうぞ。
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この授業には、「ヒトはなぜ、歌い踊るのか」という副題がついています。もちろん授業では、皆さんが想像されるように、世界各地の音楽や踊りの文化、その背景にある世界観やものの考え方について、紹介したりもします。しかしそれは単に、「皆さんにそういった文化を知ってもらう」ためではありません。皆さんに、「人間と人間の関りとは何か」「文化とは何か」について考えてもらうため、ひいては「人間の創造性とは何か」「しあわせとは何か」について考えてもらうためです。
つまりこの授業は、皆さんが「普段の自分の感性や思考」を見つめ直し、人間について・社会について・人と人の関りについて、そして皆さんの内にある「創造性」と「しあわせ」について考える機会となることを目指しています。
そのためにはまず、成績とか単位とか…そういった、本当はどうでもいいこと(笑)は、しばらく脇に置いて、この授業を「トークショー」か何かだと思って、毎回気軽に楽しんでいただけたらと思います。
さて…皆さんは「ミュージック」という言葉と、「音楽」という言葉が、元は同じ意味でなかったのはご存知でしょうか。なぜ音を「おと」と言うのか、なぜ「音」という文字がこのような形をしているのか、考えたことはあるでしょうか。
多くの人は、言葉の本来の意味…「その言葉が元々何を指そうとしていたか」を知らないまま、ただ使っています。言葉という「音」や文字という「形」が、何を表そうとしていたのかを知るよりも先に、その言葉がどんな時・どんな風に使われているか、どんな効果があるのかを知り、周囲の人々と同じような「やり取り」が出来たら、「それ以上は知ろうとすることなく、ただ使いながら生きている」訳です。
「よく知っている訳ではない言葉」で、自分の思考を形作り、誰かと意思の疎通をし、関りをつくっている。これは、調律されていない楽器・よく知らない楽器を、ただ皆と同じように、「とりあえず鳴らしながら、自分なりに奏で、そしてそれを使って誰かと合奏しようとしている」ようなものです。
これはもちろん、オンガクやオトなどの言葉に限ったことではありません。皆さんにとって、生きていく上で重要な幾つもの言葉…自分・生きる・暮らす・はたらく・関わる・感じる・考える・喜ぶ・悲しむ・個性・豊か・しあわせ…皆さんはそれらの言葉について、どれくらいの知識があるでしょうか。それらについて考えているつもりでも、実は「そうではない何か」について考えてしまっているとしたら、どうでしょう。
また、現在の日本ではほとんどの人が「商業と教育を通して」、音楽と呼ぶものに出会います。世の中にあふれる音楽の大半は、商業(貨幣経済、近代的な枠組みの中で作られた)音楽です。アートや芸術・芸能と呼ばれるものも、たいていは商業の枠組みの中で作られています。皆さんも、音楽と言えば「買ったり、ダウンロードできる」形に作られた「商品」や、「録音されたもの・録音できるもの」を思い浮かべる人が大半ではないでしょうか。
また、皆さんがもし音楽をやってみたいと思うなら、ほとんどの場合「習い事(先生や先輩などを通して)」や「買い物(楽器や教則本の購入)」を通して、始めることになるでしょう。音楽と呼ばれる文化は、貨幣経済や商業、教育や習い事、それどころかアートや芸術という概念が生まれるよりも遥か昔から、人類と共にあったにも関わらず…。「音楽は自己表現だ」という言い回しも世間にありますが、自己や表現という概念は、いつ誕生したのでしょう。それは、音楽と同じくらい古くからあると、皆さんは思っていますか。
そう考えると、私たちは普段まるで「それについて知っているかのように」、音楽について考え、音楽について語ってしまうものですが、果たして本当に私たちは、「音楽と呼ぶものに、出会ったことがあるのか」分からなくなりますね。私たちの「音楽体験」は、少なくとも近代以前の人々の「音楽体験」とは、異なるのかも知れません。
多くの人々は、「知らないもの」に対してまるで「知っているかのような錯覚を抱き」、それについて考えようとしてしまいます。そうして実は、考えようとしていたものごととは、「別のものごと」について、考えてしまっていることが多いのです。周囲の人の大半がそうであるならば、そのことを自覚するのも難しい。だからこそ、私たちの世界・社会・人間関係、そして私たちの思考は、今でも「問題を生産し続けている」とも言えます。
この授業のテーマの一つに、「思い込みを捨てる」というのがあります。皆さんは、自分自身にどんな「思い込み」があるのか、日々自分の思考や感情を観察していますか。
皆さんはこれからの人生で、誰か(他者)との共生関係、自分自身との共生関係、環境との共生関係、様々な知識や情報との共生関係を築いていくことになります。そこで最も大きな障壁となるのが「思い込み」です。「思い込み」は、「早合点」という厄介な癖ももたらし、新たな情報や知識の遮断、情報の安易な書き換えや置き換え、そして思考停止を招きます。特に現代人は、何かと忙しすぎるので(笑)…常に「潜在的に」思考停止したがっています。
一口に「思い込み」といっても、「個人的な思い込み」もあれば、「ある社会や特定の集団・組織が抱いている思い込み」、「その時代特有の思い込み」等もあります。人間は生まれた時から、親・兄弟姉妹・先生・周囲の大人・知人友人たちによって、「既に自分たちの間で共有されていた思い込み」を、「それを良かれとして」彼らに書き込まれながら、歳を重ねていきます。
そもそも社会(人間の集団)は、仲間を増やすために「思い込みを共有させたがる」ものです。個人も、「社会と同じ思い込み」を共有していた方が、何かと生きやすい。周囲の人々とも仲間になりやすいし、居場所も与えられやすい。理解もされやすいし、評価も与えられやすい。いちいち考えなくて済むし、ものごとを選択しやすくなり、行動もとりやすくなる。
「カシコク生きよう・効率よく生きよう」と思えば思うほど、そこにある「思い込み」を共有することになってしまいます。それが家庭であっても、学校であっても、サークルであっても、会社であっても。そして自分自身でも、書き込まれたものの上からなぞるようにして、思い込みを強化していきます。
しかし皆さんには、ここで大切なことを知っておいて欲しいと思います。世の中は「AはBである」ということを、教えたがるものですが、「AはBである」というようなことをいっぱい覚えることが、「大人になる」ということではありません。ましてや、それが「人間として成熟する」ということに、つながる訳ではありません。むしろ、逆だと言った方がいいでしょう。
よく「オープンになる」とか「心を開く」というような言葉がありますが、それは世の中に溢れている「AはBだよね」というようなものごとに対して、「ホントは、そうじゃないかも…」と、心のどこかで思えるような余白・隙間を自分の内側につくっておくことを言います。ひらくと、ひろげるは、同じ音から生れた言葉ですからね。
社会の中の、ある集団と「思い込みを共有しようとする」ことは、言うなれば「その集団に合わせよう」という意識の表れですが…その背景には必ず「それによって、社会・集団から多く(承認や評価や理解・愛情、貨幣などなど)を得よう」という思考・思惑が隠れています。
たとえ能動的に見える人でも、本人が能動的だと思い込んでいても…実はそういう思考・思惑を抱いている人は「極めて受動的」な思考の持ち主であることがほとんどです。ゲットしたい!という想いの高さが行動に表れ、それが能動的に見えるだけで。
受動的な思考・発想の状態…それこそが「創造的であること」から、一番遠い状態です。
皆さんには授業を通して、これまで自分自身に「書き込まれてきたもの」や、自分自身で「書き込んできたもの」を改めて見つめ直し、それらが本当に自分の人生に必要なものなのか、これからの自分にとって本当に有効にはたらくものなのか、「能動的に」考えてみて欲しいと思います。何故かと言いますと、今は「時代が大きく変わろうとしている時」で、多くの人々が迷っている時だからです。生き方や、ものごとの価値観、何が豊かで何がしあわせなのか…これまでのように、「AはBなんでしょ」というところで、「思考停止」してはいられなくなってきます。
皆さんの「しあわせ」は、皆さんのこれからの「創造性」にかかっています。その扉を開くことが、この授業の目的とも言えます。大きく開けずとも、隙間くらいでも、構いません。まぁ、この授業をとったということは、皆さんの中にそういう直感や、欲求が既にあったということだと思っています。
自分自身に対して好奇心をはたらかせ、この授業を受けたことも含めて、今までの自分の歩みを信頼し、これから夏までの間この授業を楽しんでください。よい発見がいっぱい、もたらされますように。
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イントロダクションの後に、最初の課題(幾つかの質問事項が並んでる)に回答してもらい、それからやり取りが始まる。面白い回答が集まるから、本当はここからがオモシロイ。
それにしてもとりあえず一ヶ月とは言え、33人と文通か。生まれてはじめての経験かも。
今から35年ほど前、僕は突如、あるビジョンに「憑りつかれた」。ビジョンというか…実はそれは「ある瞬間のビジョン」であって、そのシーンに至るまでは長い物語があるのだが…僕はその物語を、映画にしなくては!と思い立ち、毎日学校で(授業の間中)、ノートのあちこちに構想を描くようになった。特に高校2年生の頃、僕の頭の中はその物語の空想・妄想でいっぱいだった。それくらいに、そのビジョンは「衝撃的」だったのだ。
物語は、こうだ。
ある若い文化人類学者が、フィールドワークに訪れた奥地の少数民族の村で、その地域の人々の会話の中に「意味をなさない規則的な音」があることに気付く。それは一種の「まじない」のようなものとして、会話の中に挟まれていたのだが、その音について調べているうちに、それらが元は「別の文明」由来の言語だったのではないか、と彼は考えるようになった。
その確証を得るべく、古い宗教施設を訪ねた彼は、村の古老からそれらの音・単語についての聞き取り調査を始めることにしたのだが、そこで思いもよらず、古老から「ある不思議な物語」を聞かされることになる。
その物語は、はるか昔の出来事のようであるのに、その人類学者に対して「その時、お前は」「そして、お前は」という風に、常に「二人称で語られる」物語だったのだ。人類学者はとまどいながら、「それは誰の話ですか?」「どこの話ですか?」「なぜ私が登場するのです?」と尋ねるが、古老は一向にこたえようとしない。
ところが次第に物語が進むにつれて、人類学者は「まるでそれが、自分が実際に経験したことであるかのような」錯覚と共に、それがはるか昔の誰かの経験なのか、それともかつて自分が実際に経験したことなのか、更にはこれから自分が経験することなのかさえも、分からなくなってしまう。その物語は、「異なる【層】をつなぎ、意識を連れ出す」呪文でもあったのだ。
ノルウェーの詩人・児童文学作家・映像作家のオドヴェイグさんご夫妻を迎えての数日。いやぁ、楽しかった…。僕の英語はつたないものだけれど、芭蕉由縁の伊賀や、奈良、京都、特に地元・京北でご一緒しながら、様々なことについて話した。感じることや、表現すること、それから行動することについて。
共感するところがとても多くて、そして大いに学ばされた。オドヴェイグさんは、詩や文学、映像といった表現だけでなく、環境保全やその他様々な社会運動にも関わってきた人だから。
僕は昔から、音楽家の人と話している時よりも、別の表現をしている人と話している時の方が、人間の内奥に音楽の所在を感じることが多い。
今回のきっかけとなったのは、発足以来何かとご一緒させて頂いている国際詩人協会JUNPAの催しだった。その催しに合わせて来日していたオドヴェイグさん・ビョルンさんご夫妻は、その後しばらく日本に滞在するとのことだったので、直観的な思い付きから僕の地元・京北で、地域に住む人々を対象とした催しをやってみないかと持ち掛けてみたところ、オドヴェイグさんが快く了承してくれて、今回の催し「ノルウェーの風」が実現した。
僕は30年以上前からノルウェーを含む北欧の音楽は耳にしてきた(むしろ子供の頃から世界中の音楽を聴いてきた訳だけれど)。ノルウェーにはseljefløyte(セリエ・フレーテ)という笛があるけれど、これは「春の笛」で、そもそも、年がら年中演奏するような楽器ではない。季節や自然の流れと共にある楽器が通年で用いられるようになる時…文化に、人間の思考の中に、何が起こっているかを深く捉え考える人は、今の日本にはとても少ない。
オドヴェイグさんはハルダンゲル地方のご出身だが、この地方の名を聞くと音楽好きの方々が真っ先に思い浮かべるのが、Hardingfele(ハーディングフィーレ、もしくはハルダンゲル・ヴァイオリン)だろう。オドヴェイグさんの先祖は、この楽器を創始した一人だそうだ。普段から、映像作家の娘さんと様々な映像作品やドキュメンタリーも製作しているオドヴェイグさんは、近々Hardingfeleに関するドキュメンタリーも製作するご予定だとか。
さて、去る2月29日に地元京北で催されたこの会は、地元京北の友人フェイランさんの会社Rootsが管理する古民家tehenで行われた。集まった人々は、主に近所に住む色んな世代の人々で、子どもやご年配を含んでおり、ポエトリー・リーディング(詩の朗読会)も、翻訳されていない外国語の映像作品を観るのも、生まれて初めてという人が多かった。
まず最初に、僕と洋子さんでノルウェーのハリングと呼ばれるダンス曲を演奏。それから睡蓮という曲と、セリエフレーテの曲を。その後オドヴェイグさんご自身の写真によるスライドショーと、ノルウェーの暮らしのご紹介。これがとても良かった。多くの人々はノルウェーのことを知らない。しかし、オドヴェイグさん・ビョルンさんご夫妻が京北に来る途中の道で、山々を抜けていく道に「故郷のハルダンゲルみたい!」と喜ばれたように、京北とノルウェーの田舎はどこか共鳴するものがあるのか…参加された方々は皆、次々に映し出されるノルウェーの自然や田舎の風景に興味津々だった。
その後、2019年NHKの海外短編映画の日本賞ファイナルノミネートを受けた作品「BikeBird」の上映。この映画はアフガニスタンからノルウェーにやって来た移民の女の子の話だが、長年移民問題にも関わってきたオドヴェイグさんの、人々に対するあたたかい目線が伺える、ストレートで感動的な話。
続けて、昔の作品だけどオドヴェイグさんが書いた児童文学を基にした映像作品「紙飛行機」。英語字幕なしの、原語ノルウェー語のみによる上映だった
何ていうのかな、こういうの。
※紙飛行機あらすじ
【一番の仲良しだった、ヤンとヨアキム。二人はいつも、一緒に遊んでいました。ヨアキムは紙飛行機を作るのが得意で、ヤンはヨアキムに紙飛行機のつくり方を教えてもらっていました。
ところがある日、ヨアキムは病院に運ばれていき、そして、そのまま帰ってこなかったのです。
幼稚園の先生は、ヨアキムがどんなにいい子だったかを忘れないでって言いました。でもヤンは納得できません。死んだら消えてしまうのか、それともどこかに行ってしまうのか。ヤンはぽっかり空いた心の穴を埋めようと、いろんな人に尋ねます。
お母さんに尋ねると、お母さんは「土を見て。私たちが死んだら土になるのよ。その土から新しい花や木が育ち、鳥だってその木に住めるようになるの。」と言いました。
友達はみんな「ヨアキムは天国に行ったんだ、神様の所にいるんだよ」と言います。おばあちゃんに尋ねたら、「天国は空の上にあるんだよ」と教えてくれました。でも、飛行機の上からそんなものは見えなかった…。
天国なんて、見えやしない。自分が死ぬまで、ヨアキムに会えないなんて、そんなの待てない。どうすればいいんだろう。ヤンは考えます。】
そういえば、僕たちが日本語で何気なく話している時に、
その後、詩の朗読を経て、交流会・食事会へ。京北で行われるこういった催しでは、度々持ち寄りパーティー形式がとられている。買ってきたものなどではなく、それぞれが作ったものを持ち寄る。オドヴェイグさん&ビョルンさんも、そういう空気感というか文化というか…それがとても気に入られたようだった(僕自身、お二人にはこの空気を味わって欲しかった)。
それから改めて、詩の朗読と詩に映像を付けた作品の上映、そしてビョルンさんによるノルウェーの歌を一緒に歌おうコーナー。中でも、ノルウェーの人々の歴史を歌った歌(この地を故郷とすると決めた人々の、道のりの歌)は、内容も面白くて、大きな反響があった。何て盛沢山な企画だろう(笑)
※この日のために、土山亮子さんが訳してくれたこの歌は以下の通り
オドヴェイグさんの表現は、その全ての根底に、自身への問いかけと、人々への問いかけ、そして祈りがある。考えや、主張を、一方的に発しようとか、受け取らせようとするようなものではない。だからこそ、国籍にも世代にも関係なく、様々な人の心に響くのだろう。僕ははからずも、何度も涙ぐんでしまった。僕にしては珍しい。
驚いたことに、小さな子供たちの多くが集中力を切らさずに、映像に見入っていた。そして自分たちも紙飛行機を作り、耳にした詩を反復していた。また、多くの人が「自分も詩を書いてみたい」と言い、そして近所のおじさんまでが「オドヴェイグさんやビョルンさんと直接、話してみたい」と仰っていた。これはすごいことだと思った。
Hardingfeleは、旋律を演奏する弦以外に共鳴する弦が張られた弦楽器だ。旋律を奏でれば、楽器に張られた他の共鳴弦が響き、えもいわれぬような響きになる。オドヴェイグさん・ビョルンさんを囲んだ夜は、このtehenという古民家が、そんな楽器になったような夜だった。