紀伊の国は、かつて「木の国」と呼ばれていたという。降水量の豊富なこの辺りがその昔、見渡す限り木々に覆われていたであろうことは、今の風景からも容易に想像がつく。 全国津々浦々に散らばる鈴木さんたちの多くが、熊野発祥ではないか…という説があるが、木は音として鬼にも通じ、あの九鬼一族も熊野水軍の末裔の一つと言われているくらいだから、紀伊の国はある意味、「鬼の国」でもあったのかも知れない。
南紀白浜を訪れたのは、本当に久しぶりのことだった。一応仕事(演奏)に行ったはずなんだけど…演奏する三段壁の真下が、熊野水軍にまつわる洞窟だと知った瞬間から、心はスッカリその洞窟に引っ張られ気味だった。つい先月、壇ノ浦の辺りを訪ねたばかりだったので、このタイミングも実に興味深い。壇ノ浦の合戦の明暗を分けたのは、平家・源氏双方と由縁のあった熊野水軍の参戦(源氏への寝返り)であった、とも言われているからだ。
崖上から地下へ36メートルを一気に下ると、そこはもう
異世界になる。
南紀の海辺には7000万年前の頃からの岩が並んでいるそうだが
、この三段壁(古くは「みだん/見壇」壁であったという)
の洞窟は、巨人が削り取ったかのような豪快な岩肌が、
地の底のような色彩を纏いながら暗闇に浮かび上がる、何ともファンタスティックなゾーンである。かつて謎の古代海洋生物が棲息していたのではないか…と思えるようなこの
穴ぐらに、ゴウゴウと流れ込んでは響き渡る、波の爆音。この非日常空間が放つパワーに浸りながら、
1600万年前の波の跡が化石化したという岩天井を見てると、
たかだか840年ほど前の
源平合戦のことなんて、
もう半ばどうでもよくなってくる。
洞窟のあちらこちらには、どデカい鉄の扉が設置されており、
台風が襲って来た際には、職員が波をかぶりながら、
時には波に足をとられながら閉めると聞いた。削られた岩肌に打ち込まれ、まっ茶色に錆ついた鉄の塊を眺めていると、そのリアルさにワクワク感が止まらない。暗闇といい、穴ぐらといい、波の音といい…
放っといたらイマジネーションが湯水のように湧きそうな場所だった。
近くにある
千畳敷でも、砂岩の織り成す造形の美しさに目を奪われた。
植物はもとより、
岩や砂や水は太古からの様々なものごとを記憶しているというが…触ることで読みとれるなら、一日中でも触っていたくなる。
今回の演奏を依頼してくれたKさんからも、
洞窟を案内してくれたSさんからも、
白浜には良い温泉が湧いていると聞いていたので、帰りにお薦めの温泉に行ってみた。確かに泉質が良く、気持ちいい。
先ほど洞窟の中にいたので、地中感覚のままで温泉に浸かったため、あがったら「今しがた、地球から生まれてきた感」があった。
何とも贅沢な一日だった。演奏もちゃんとしました(この日は…フルイエル、カヴァル、ティリンカ、フヤラ、ブズーキ、ギター型ブズーキ)。