タローさんちの、えんがわ

「音楽をする」って、 「音楽的に生きる」ってこと

旅の前に

夏の旅を前にして、7月は準備に明け暮れていた。大雨が去ったかと思えば、今度は大地を焦がすような灼熱の日々。朝も8時を過ぎると、陽射しは途端に強くなり、日中は庭や畑に長時間いられなくなる。

そんな中、ようやく害虫・害鳥除けネット(網)をかけることができた我が家のブルーベリー園では、冬から地道に整備を続けていたおかげで、例年よりも大きな粒が、青い宝石の如く鈴生りになったんだが…残念ながら僕は旬の頃、ちょうど家を空けていて、収穫の喜びを味わえない。収穫は近所の料理上手な友人たちに任せて、少々後ろ髪引かれる思いを胸に、我が家を後にした。

 

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※このゾーンには9本の元気なブルーベリーがある。ヒヨドリたちの来襲を避けるためのネットなんだけど、最も厄介なのはスズメバチ。鳥を避ける程度の目の細かさの網では、スズメバチたちは容易に入ってしまう。初年度はスズメバチの来襲で、シーズンには7割以上のブルーベリーがやられてしまった。

 

さて、この夏の旅はルーマニアに始まり、その後スペイン南のアルテア、それからスペイン北のバスク地方ドノスティア(サン・セバスチャン)を経て、フランスのバスク地域(北バスク)サン・ジャン・ドリュズから、更にコーカサス地域のハヤスタンアルメニア)、ジョージアに至る、全体で一ヶ月ちょいの旅だ。最後は、アルメニアから日本に戻る予定でいる。

 

最初に訪れるのはルーマニアだけれど…ルーマニアという国を詳しく知る人は残念ながら国内にそう多くはいない。音楽に関してもそうで、近年ジプシー音楽と「呼ばれる」音楽「ばかり」が一般的に広く知られるようになったため、ルーマニアの音楽に関して、「ジプシー音楽」というようなイメージしか持っていない人がほとんどだろう。民謡や農村の古い音楽について知る人は、音楽業界の人を含めて、日本国内にはほとんどいないんじゃないだろうか。

 

なので、この国の音楽の、どんなところに、どんな魅力を感じてきたかを説明するのは、容易なことではない。僕がこの地域の音楽を聴くようになったのは、13、4歳くらいの頃だ。世界中の音楽文化に興味が湧いていた僕は、中高生のうちにほぼ世界全域の音楽を聴くようになっていた(吹田市にある国立民族学博物館のライブラリーや、故・小泉文夫氏監修の録音物の数々、様々なラジオ放送が、当時の僕にとって貴重な情報源だった)。そのためか、僕にとっては世界各地の様々なメロディが、普段は懐メロのような感じで聞こえていることが多い。

 

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ブカレストの笛職人を訪ねて。オルテニア・スタイルのカヴァルを見せてもらった。オモロイ…。南米の笛職人のオジサンたちを思い出す。

 

僕が舞台で様々な音楽や楽器を演奏しているのを見て、「演奏活動をしているうちに、南米音楽に飽き足らなくなって、いろんな音楽に手を出していったのだろう」と思っている人も多いけど(活動を始めた頃は、南米音楽がメインだったから)、最初にのめり込んで演奏するようになった楽器が南米のものだったというだけで、幾つもの音楽を日常的に聴いているという生活は、実は10代初めの頃から変わっていない。

 

自分に強く共鳴する音楽というのは、(普段から沢山の音楽を聴いていたりすると)面白いことに、人生の時々で変わっていったりする。僕の場合は、強く共鳴する音楽を通して、その時々の自分が「何に向かっているのか・何を求めているのか」が、見えてくることが多い。その中でも、「聴きたい」を通り越して、「自分が実際に演奏してみたい」と思うような音楽の「導き」は、僕にとっては特別だ。自分の中にある、まだ見ぬエネルギーを引っ張り出してくれるような…そんな「お誘い・お招き」のような力が、それらの音楽にはあるのかも知れない。

 

ところで(これはどんな種類の音楽・どんな地域の音楽に関しても言えることだけど)、「ある音楽の魅力を知るには、その音楽を、実際に聞くだけで充分じゃないか」というような人が、世間には結構いたりする。残念ながら僕には、そう思えない。せいぜい、好きだとか、そうでもないとか、そんな「現時点の自分が起こす反応」を通して、「自分についての勘違いや、自分についての思い込みを深める」くらいしか、大方の人間にはできないんじゃないかな。

 

多くの人が、自分が起こす反応を、「感じること」と勘違いしたり、反応をしている自分を「自分自身だ」と誤解したりしている。「反応」は、感じることや分かること・味わうこととは別のことだ。

 

「聞けば分かる」といったような、短絡的なこと(それらしく聞こえるシンプルな言い回し)を「スパッと言う気持ち良さ」というようなものが、この社会にはあるけれど…それらはしばしば、思考や会話を一時停止させてしまう。

 

そもそも「聞けば分かる」と「思い込んでしまう」人が、分かり得る範囲(感じ得る範囲)というのは、はなから限られている。でも「はなから限られている」ということに当人が気付くのは、簡単ではない。分かり得ている内容や深さを、互いが比べ合ったりする機会も、そうそうない。第一、日常的な会話の中でそんなことを言及するのは、野暮で、時には不毛なことでもあるから、誰かが気付かせてくれることも稀だし、限られた範囲しか分かり得ていない人が、そのことに自ら気付くことができる機会も稀なことだと言える。

 

人間に対しても、「会えば分かる」と言ってしまう人がいるけど、たいてい「その人自身の経験・これまでの限られた人間関係」に従って、目の前の人に対してパッと反応し、相手を「即席でファイリングしてしまう」癖を持った人である場合がほとんどだ。もちろん、人生経験が積み重なれば、会っただけで分かることも多少は増えるだろうけれど…それでも、互いに時を重ねて知り得てゆくことには、到底及ばない。

 

一つの「知る」には、三つ以上の「時」を重ねるくらいの感覚でいる方が、ちょうどいい。一個人の、たかだか数十年の経験で、人間というものを、知り得たような気分に浸ることや、知り得ているかのように振舞うことは、何とも小恥ずかしいことだし、同じように、音楽だって「聴けば、分かる」などという短絡的なことは、本当は言わない方が賢明じゃないかな、と僕は思う。

 

感性って、知性だとか思慮なんかによって支えられている側面もあって、「知り得ること」や「読み取れること」が深まると、感じ方というものも、自ずから拡がり、変化してゆく。もちろん、音楽について前もって知識が必要だという意味でもなければ、音楽を概念的・観念的に聴いた方がいいという話でもない。「器をひろげなければ、そもそも、限られたものしか注がれることはない」ということで、また「注がれたものも、器の中に既にあるもの如何で、どのようにでも変容してしまう」ということ。

 

「現時点の自分」は、目の前のものを、本当の意味で知り得てもいないし、ゆえにそこから多くを読み取れる訳でもないのだから、本当に味わい尽くせている訳ではない…と、常に留意できているかどうかで、注がれるものが、注がれる量が、注がれたものの状態が、変わってくる、とも言えるんじゃないだろうか。注がれる瞬間に、自分が「次の自分に変容しているかどうか」で、感じ得るものは実際、全く変わってくる。

 

かく言う僕も、中高生の頃から世界各地の様々な音楽を聴き、それらについて可能な限り自分で調べ、その大半を自分なりに「楽しみ・味わって聴いていた」。しかしそれにも関わらず、自分がそれらの音楽を「本当の意味で、聴けてはいなかった」ということを痛感させられた経験が、幾つかある。つまり、味わいながらも、味わえていなかった、そのことに気付かされた、という経験だ。

 

その音楽が生まれた場所に、立った瞬間…自分の内に在りながらも、はっきりと自覚できていた訳ではなかった様々な観念のようなものが、自分の中でスルッと溶けてしまい、かわりに全く新しい感覚、どこか懐かしいような郷愁にも似たような感覚が、心に向かって全方向から溶け込んでくるような感覚。自分が「出会いながらも、出会えていなかった」と、気付かされる経験。音楽というものが、「切り抜ける」ものでもなければ、「持ち運べる」ものでもないことが、今更ながら改めて分かる、という経験。

 

録音という方法で「記録されるもの」を音楽と呼ぶ習慣に、また「耳から入る情報」を音と呼ぶ習慣に、どっぷりと漬かっていたなら…こういうことは、経験しにくいことかも知れない。

 

生身の人間や生身の文化に「触れる(タッチする)こと」って、耳で聞くとか目で見るというような、一部の器官による制限された知覚ではないと思う。

 

触れてわかることや、触れて通じることは、計り知れない。土に毎日触れている人と、そうでない人の語る「自然」は、様々な意味で異なっている。もちろん、その触れ方によっても、それぞれの内で創造される「自然」は異なってくる訳だし、対象が何であれ…本当は「触れ方に、その人間の知性があらわれる」ものなんだと思う。

 

「聞く」とか「見る」ではなくて…音楽という文化に、それを生み出した土地や空気や自然に、育んできた人々に、本当の意味で「タッチしたい」と思ってきた。

 

今の社会の中で、本当に他者や文化に「触れたい」って思っている人、どれくらいいるんだろう。出会っているようで、実は出会っていないということに、自覚を持ち、そのことに疑問を持ったりしてる人って、一体どれくらいいるんだろう。本当の意味で、互いに知りあいたいと思ってる人って、どれくらいいるのかな。

 

自分のことで忙しい、と思い込まされ、そこに埋没させられやすい世の中だから、人との適切な距離感は最初から大きめに設定されているし、互いの世界が、横並びにされながらも、どこか乖離・断絶している。

 

人との出会いは、二つに大別出来る。「自分の思い込みを増長し、自分をどんどん見失っていく出会い」と、「自分の思い込みを解き、自分をどんどん見つけていく出会い」だ。対象が、人間でも、人間から生まれた文化であっても、同じかも知れない。僕はこのところ、「触れる・タッチする」ということについて、大きな関心を持っている。「触れ方」の中に、社会を大きく変容する鍵が眠っているようにも、感じているから。

 

さて…そんな訳で、以前から差し伸べられていた「お導き・お招き」を受け、また「共鳴する何かに、直に触れる」べく、この夏の旅に出た僕だけど…

 

このブログを書いている今現在は、既にハヤスタンアルメニア)に至っている。つまり、この旅の行程のちょうど真ん中に来て、ようやくブログ(記録)に手が届いたということだ。

 

ルーマニアでの日々は、いきなり濃厚な経験の連続になったし、それはスペインのアルテア、バスクでも続いていた。アルメニアでもこの調子が続いていきそうなので…さすがにこのままだと、帰ってからドえらいことになってしまうと気付き(笑)、今日から旅の思い出を追いかけて、少しづつブログを書いていくことにした。

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※また後程詳しく触れる、ハヤスタンアルメニア)で数多くみられる石板(ハチュカル)。一つ一つ、じっくい眺めてしまう。日本で地蔵や摩崖仏を訪ね歩くときに似てたりする。