タローさんちの、えんがわ

「音楽をする」って、 きっと 「音楽的に生きる」ってこと

旅の前に

夏の旅を前にして、7月は準備に明け暮れていた。大雨が去ったかと思えば、今度は大地を焦がすような灼熱の日々。朝も8時を過ぎると、陽射しは途端に強くなり、日中は庭や畑に長時間いられなくなる。そんな中、ようやく害虫・害鳥除けネット(網)をかけることができた我が家のブルーベリー園では、地道に整備を続けていたおかげで、例年よりも大きな粒が青い宝石の如く鈴生りになったんだが…残念ながら僕は旬の頃、ちょうど家を空けていて、収穫の喜びを味わえない。収穫は料理上手な近所の友人たちに任せて、少々後ろ髪引かれる思いを胸に、我が家を後にした。

 

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※このゾーンには9本の元気なブルーベリーがある。ヒヨドリたちの来襲を避けるためのネットなんだけど、最も厄介なのはスズメバチ。鳥を避ける程度の目の細かさの網では、スズメバチたちは容易に入ってしまう。初年度はスズメバチの来襲で、シーズンには7割以上のブルーベリーがやられてしまった。

 

さて、この夏の旅はルーマニアに始まり、その後スペイン南のアルテア、それからスペイン北のバスク地方ドノスティア(サン・セバスチャン)を経て、フランスのバスク地域(北バスク)サン・ジャン・ドリュズから、更にコーカサス地域のハヤスタンアルメニア)、ジョージアに至る、全体で一ヶ月ちょいの旅だ。最後は、アルメニアから日本に戻る予定でいる。

 

最初に訪れるのはルーマニアだけれど…ルーマニアという国を詳しく知る人は残念ながら国内にそう多くはいない。音楽に関してもそうで、近年ジプシー音楽と「呼ばれる」音楽「ばかり」が一般的に広く知られるようになったため、この国の音楽に関して、そういうイメージしか持っていない、という人がほとんどだろう。民謡や農村の古い音楽について知る人は、音楽業界の人を含めて、日本国内にはほとんどいない。

 

なので、この国の音楽の、どんなところに、どんな魅力を感じてきたかを説明するのは、容易なことではない。僕がこの地域の音楽を聴くようになったのは、13、4歳くらいの頃だ。世界中の音楽文化に興味が湧いていた僕は、中高生のうちにほぼ世界全域の音楽を聴くようになっていた(吹田市にある国立民族学博物館のライブラリーや、故・小泉文夫氏監修の録音物の数々、様々なラジオ放送が、当時の僕にとって貴重な情報源だった)。そのためか、僕にとっては世界各地の様々なメロディが、懐メロのような感じで聞こえていることが多い。

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ブカレストの笛職人を訪ねて。オルテニア・スタイルのカヴァルを見せてもらった。オモロイ…。南米の笛職人のオジサンたちを思い出す。

 

僕が普段、様々な音楽や楽器を演奏しているのを見て、「演奏活動をしているうちに、南米音楽に飽き足らなくなって、いろんな音楽に手を出していったのだろう」と思っている人も多いんだけど(活動を始めた頃は、南米音楽がメインだったから)、最初にのめり込んで演奏するようになった楽器が南米のものだったというだけで、幾つもの音楽を日常的に聴いているという生活は、10代初めの頃から変わらない。

 

面白いことに、その時々で、自分に強く共鳴する音楽というのが、変わっていったりする。強く共鳴する音楽を通して、その時々の自分が、何に向かっているのか、何を求めているのか、見えてくることが多い。その中でも、「聴きたい」を通り越して、「自分が実際に演奏してみたい」と思うような音楽の「導き」は、特別だ。自分の中にある、まだ見ぬエネルギーを引っ張り出してくれるような、そんな「お誘い・お招き」のような力が、それらの音楽にはある。

 

これはどんな種類の音楽・どんな地域の音楽に関しても言えることだけど、「ある音楽の魅力を知るには、その音楽を、実際に聞くだけで充分じゃないか」というような人が、世間には結構いたりするが…残念ながら僕には、そう思えない。せいぜい、好きだとか、そうでもないとか、そんな「現時点の自分が起こす反応」を通して、「自分についての勘違いや、自分についての思い込みを深める」くらいしか、大方の人間にはできないものだ。

 

「反応」は、感じることや分かること・味わうこととは別のことで、多くの人が、自分が起こす反応を「感じること」と勘違いしたり、反応をしている自分を「自分自身だ」と誤解したりしている。

 

「短絡的なこと(それらしく聞こえるシンプルな言い回し)を、スパッと言う気持ち良さ」というようなものがこの社会にはあるけれど、それらはしばしば、思考や会話を一時停止させてしまう。「聴けば分かる」と「思い込んでしまう」人が、分かり得る範囲(感じ得る範囲)というのは、はなから限られている。でも「はなから限られている」ということに当人が気付くのは簡単ではないし、分かり得ている内容や深さを、互いが比べ合ったりする機会なんてそうそうない。そもそも日常的な会話の中でそんなことするのは、不毛で野暮なことだから、限られた範囲しか分かり得ていない人が、そのことに自ら気付くことができるのは、稀なことだとも言える。

 

人間に対しても、「会えば分かる」と言ってしまう人は、たいてい(その人自身の経験・これまでの限られた人間関係に従ってパッと反応し)、相手を即席でファイリングしてしまう癖を持った人である場合がほとんどだ。もちろん、人生経験が積み重なれば、会っただけで分かることも多少は増えるだろうけれど…それでも、互いに時を重ねて知り得てゆくことには、到底及ばない。

 

一つの「知る」には、三つ以上の「時」を重ねるくらいの感覚でいる方が、いい。一個人の、たかだか数十年の経験で、人間というものを、知り得たような気分に浸ることや、知り得ているかのように振舞うことは、何とも小恥ずかしいことでもある。音楽だって「聴けば、分かる」などという短絡的なことは、本当は言わない方が賢明じゃないかな、と思う。

 

感性は、知性や思慮によって支えられている側面もあって、「知り得ること」や「読み取れること」が深まると、感じ方も自然に拡がり、変化してゆく。もちろん、音楽について前もって知識が必要だという意味でもなければ、音楽を概念的・観念的に聴いた方がいいという話でもない。「器をひろげなければ、そもそも、限られたものしか注がれることはない」ということで、また「注がれたものも、器の中に既にあるもの如何で、どのようにでも変容してしまう」ということ。

 

現時点の自分は、目の前のものを、本当の意味で知り得てもいないし、ゆえにそこから多くを読み取れる訳でもないのだから、本当に味わい尽くせている訳ではない…と、常に留意できているかどうかで、注がれるものが、注がれる量が、注がれたものの状態が、変わってくる、とも言える。注がれる瞬間に、自分が「次の自分に変容しているかどうか」で、感じ得るものは全く変わってくる。

 

かく言う僕も、中高生の頃から世界各地の様々な音楽を聴き、それらについて可能な限り調べ、その大半を自分なりに「楽しみ・味わって聴いていた」にも関わらず、自分がそれらの音楽を「本当の意味で、聴けてはいなかった」ということを、痛感させられた経験が、幾つかある。つまり、味わいながらも、味わえていなかったという経験だ。

 

その音楽が生まれた場所に、立った瞬間…はっきりと自覚できていた訳ではなかった様々な観念のようなものが自分の中で溶けてしまい、かわりに全く新しい感覚、どこか懐かしいような郷愁にも似たような感覚が心に溶け込んできて、自分が「出会いながらも、出会えていなかった」と、気付かされるような経験。音楽が、「切り抜ける」ものでもなければ、「持ち運べる」ものでもないことが、今更ながら改めて分かる、というような経験。

 

録音という方法で「記録されるもの」を音楽と呼ぶ習慣に・「耳から入る情報」を音と呼ぶ習慣に、どっぷりと漬かっていたなら、経験しにくいことかも知れない。でも、生身の人間や、生身の文化に「タッチすること」って、一部の器官・限定された感覚によるものじゃない。

 

触れてわかることや、触れて通じることは、計り知れない。土に毎日触れている人と、そうでない人の語る「自然」は、様々な意味で異なっている。もちろん、その触れ方によっても、それぞれの内で創造される「自然」は異なってくる訳だし、対象が何であれ…触れ方に、その人間の知性があらわれるものなんだろう。

 

音楽という文化に、それを生み出した土地や空気や自然に、育んできた人々に、本当の意味で「タッチしたい」と僕も思っているし、より多くの人に、そういう経験をもたらせることができる社会にできないかなと、日々考えたりしている。

 

今の社会の中で、本当に人や文化に「触れたい」って思っている人、どれくらいいるんだろう。出会っているようで、実は出会っていないということに、自覚を持ち、そのことに疑問を持ったりしてる人って、一体どれくらいいるんだろう。自分のことで忙しい、と思い込まされ、そこに埋没させられやすい世の中だから、人との適切な距離感は最初から大きめに設定されているし、互いの世界が、横並びにされながらも、どこか乖離・断絶している。

 

人との出会いは、二つに大別出来る。「自分の思い込みを増長し、自分をどんどん見失っていく出会い」と、「自分の思い込みを解き、自分をどんどん見つけていく出会い」だ。対象が、人間でも、人間から生まれた文化であっても、同じかも知れない。僕はこのところ、「触れる・タッチする」ということについて、大きな関心を持っている。「触れ方」の中に、社会を大きく変容する鍵が眠っているようにも、感じているから。

 

さてそんな訳で、以前から差し伸べられていた「お導き・お招き」を受け、また「共鳴する何かに直に触れる」べく、今回の旅に出た僕だけど…このブログを書いている今現在は、既にハヤスタンアルメニア)に至っている。つまり、この旅の行程のちょうど真ん中に来て、ようやくブログ(記録)に手が届いたということだ。

 

ルーマニアでの日々は、いきなり濃厚な経験の連続になったし、それはスペインのアルテア、バスクでも続いていた。アルメニアでもこの調子が続いていきそうなので…さすがにこのままだと、帰ってからドえらいことになってしまうと気付き(笑)、今日から旅の思い出を追いかけて、少しづつブログを書いていくことにした。

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※また後程詳しく触れる、ハヤスタンアルメニア)で数多くみられる石板。一つ一つ、じっくい眺めてしまう。日本で地蔵や摩崖仏を訪ね歩くときに似てたりする。

夏至祭

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夏至祭エントランスに立てられた、天地の塔。やって来た人がハーブや野草を摘んで、飾りつける。

 

夜が最も長くなる冬至と、昼が最も長くなる夏至の日は、古来地球上で生きる者たちにとって、特に重要な日だった。しかし現在の日本列島で、これらの日に祭が行われている地域は極めて少ない。

 

「家庭料理を作る…くらいの軽やかさで、様々な人が自分で音楽を作ったり、自由に踊ったりできる社会」「それぞれの家庭料理を持ち寄る…くらいの感覚で、互いの表現を持ち寄って、それらを互いに味わい合えるような社会」の実現をテーマに発足した、京北村民歌舞プロジェクト。「一から民族音楽を作ろう♪」みたいなノリでスタートした、大真面目な遊びのプロジェクト(体験型文化人類学?)で、冬至祭と夏至祭はその一環として毎年行なっているお祭。音楽文化と祭(祈り)は、深いところでリンクしているから。

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 ※日が暮れてから行われる「しあわせの輪くぐり」の輪。笛の音楽と共に、天地の塔前の火を二人でくぐる。よく考えたら、古事記の中の話みたい。昼間にこうして皆で飾り付けをする。

 

冬至は、「新しい太陽の誕生日」であり、見えている世界と見えていない世界のつながりを取り戻す祭り…エネルギーを通す儀の日でもあった。だから冬至祭では、思い思いの精霊に扮した人々が笛や太鼓を鳴らし、踊りながら各家庭をまわって、それぞれの住みかを聖地化するお祈りをしてゆく。対して夏至は、「太陽の力が極まる日」であり、生を謳歌する祭…生物の中や間で、エネルギーを巡らせる儀の日でもあった。だから夏至祭では、男女和合を一つのシンボルとして、天と地球、(誰もが内に持っている)女性と男性、昼と夜の融合を祈って、結婚パーティーのようなものを行う。

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 ※明るいうちには、お茶会が行われ、日が暮れてからは、持ち寄りの食事会が行われる。夏至の日は太陽の力が強く、出来るだけこの日のハーブを使って料理をすることが、夏至祭食事会のテーマ。

 

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※持ち寄られるのは、もちろん手作り料理の数々。地元野菜や鹿肉料理等、毎年クオリティが高くなっていってる気もする。この写真はまだ置き始め。

 

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※この日我が家は、鹿&羊のフェンネル入りシチューと、親鶏の山椒風味中華スープ、フェンネル入りのシェーファーズパイと、オレガノ入りタワー・サラダ、それから我が家のブルーベリー、ジューンベリー、近所のランさんから頂き物のブラックベリーを使ったサフト(ワインやソーダで割って飲む)を提供。

 

毎年夏至祭は、我が家で行っている。冬至祭と同じく、参加できるのは同じ地域に住む人々のみ。外から人を集めたり、外部の人に何かを見せたり、ということは一切ない。祭って本来「閉じたもの」で、地域民によるデートというか…ホームパーティーのようなもの。文化的に考えると…閉じ方を知る者、閉じたものの意味を知る者だけが、本当の意味で開くこともできるのではないか、と思う。

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※手に持っているのは、「ウツシダマ」。一年間にあったこと、とりわけ嫌だったこと、辛かったこと悲しかったこと、反省していることや後悔していること、謝りたいことや積もり積もった恨みつらみなど(笑)…手放したいことを思い浮かべながら、ワラの縄をクルクルと巻いてゆく。

 

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※そのワラの玉にハーブや花を摘んで挿してゆく。そうやって、めいめいの「ウツシダマ」が完成する。かわいく作るのがポイント!

 

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※願いを込めるのでもいい。近所のジョンさんのウツシダマは、デカかった!(笑)

 

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※日本列島には古来、感情や想念をものに移して、自分から放つ、という知恵がある。自分の内で生み出したエネルギーを、持ち続けるのではなく、浄化して巡らせるというアイディアだ。代表的なものが石で、手に取った石に様々な想いをうつし、手の温度と同じくらいになったところで、自然に浄化してくれる川に向かって放つというやり方だ。

現在の社会は、「祭」をただの集客・収益目的のイベントのようにしか捉えられなくなっているし、閉じることによって育まれる力に関して、ちょっと無関心すぎる。また、願うことと混同することで、多くの人が「祈り」を見失っているし、宗教に関する拒絶感から「儀式」の持つ機能も見失ってしまっている。そのおかげで、それらはいつの間にか人々の間でショーと化してしまい、人々を「見る側と見られる側」「与える側と与えられる側」「特別な人間とフツーの人々」に分離する罠と化してしまった。幻想は、思わぬところで再生産され続けている。僕らみたいに舞台に立つ仕事をする人間は、もう少しその辺の事に関して、ちゃんと考えた方がいいんじゃないかなぁ。

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※ウツシダマに気持ちを込めると、それを火に投入する。あとは火が回って灰になるのを見届ける。

 

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※これがやってみると、なかなか楽しい。丁寧に作ったものを、火の中に入れて燃やしてしまう…この意味が頭でわからなくても、感性や、身体が「知る」ことは大きい。

 

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※祈りって、ゆだねることや、まかせることも含んでいる。人間の想い描く「願い」は、昔流に言うと行者の「はからい」であって、それは祈りではなかった。ウツシダマは、とてもシンプルで小さな遊びだけれど、古来あそびこそが神事であったことを思い起こさせてくれる。

 

本当は、誰でもつながってるんだし、つながれる。誰でも感じることができるんだし、聞くことができるし、表すことも、流れを起こすことも、巡らせることも、整えることも、できる。鳥の声に耳を澄ませて、草むらに入って、野の花を摘んで、その香りを嗅いで、何かに添えて、美しいものを作ろうとするだけで、それは一つの表現行為となり、宣言となってゆく。つながることへの、表現と宣言。そういうのを、身体的に、行動的に、確かめられる祭がいいなと思う。宗教なんて、関係なくてもいい。体系づけられた宗教なんかが登場する前の、地球人感覚でいい。

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 ※「しあわせの輪くぐり」の輪。骨組みは藤の蔓。何でもない、野の花や野草、山に生えてる草木が、どれだけパワフルなものなのか、感じさせてくれる。

 

地球の上で暮らす以上、自然のサイクルをどこかで感じながら生きることは重要だ。感じるからこそ自らの分を知ることができるし、自分の分を知るからこそ、生きていることに感謝せずにはいられなくなる。祭って、感謝の表現の一つとも言えるけれど、人間をとりまく自然のサイクルに積極的に関わろうとする行為でもあるし、サイクルに波長を合わせることで、自らもそこに力を加えようとする、いわば人間なりの表現の一つと言うこともできる。 

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この特別な日を「どのように過ごすのか・誰と過ごすのか」って、それ自体が表現だと思うし、そうした選択も、一つのアート的行為と言えるんじゃないかと思っている。僕はこの日に、家族や、同じ地域に縁あって集まった人々と過ごすと決めて、そうしているし、住んでいる場所を離れて何かを得るために行動するような日にはしたくないと思って、仕事は入れないようにしている。「そういう風にすると決める」ことは、それ自体が一種の儀式とも言えるし、生き方の宣言とも言える。そんな小さな宣言の一つ一つが、日々の暮らしを清々しいものにしてくれる。

 

誰もが自由に、そんな宣言ができるような世の中になったらいいなと思う。これでいいんだと「自分に言い聞かせ」たり、仕方ないじゃんと「自分を納得させる」のではなく。夏至冬至といった時の節目は、同じ地球上で生きているなら、元より共有しているはずの瞬間だ。できれば沢山の人々が、自分が日々暮らしている地にいて、その場を改めて味わう日にすればいいのに…とも思う。居場所を創造する力って、そうやって育まれてゆくものだから。それって、かつては誰もが心のどこかで知っている、知恵でもあった。

 

 

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※陽が高いうちに、みんなでブルーベリー摘み。今年は思い切って枝を払ったので、なりがいい。子供たちもつまみながら、摘んでゆく。 

 

とは言えこの現代社会では、「今既にそこで動いている社会のサイクル」というものもあるし(たとえば七曜・月火水木金土日とか、五十日とかww)、それに合わせざるを得ない暮らしが、この社会の大半を占めてはいるかも知れない。それら「当たり前のもののようにして、そこにある」社会のサイクルは、実は少し調べてみれば分かることだけど、発祥から一般化への経緯に至るまで、様々な意味で、どこか奇妙なものが多い。奇妙だけれど、みんなそれに疑問を抱かず、それに沿って生きているんだから、自分だって外れる訳にはいかないじゃん、そんなことしたらココにいられなくなるじゃん、とそれぞれが自分に言い聞かせ、疑問も抱かないように留意している。

 

でも近い将来、そういう空気も、変わってくるんじゃないかなぁと思っている。それらは、時代が抱く壮大な妄想であって、多くの人の思い込みによって、支え続けられている…というだけのものだから。僕らの時代だって、この子たちの時代だって、そういったものから解放されて(自らを解き放って)、新たしい時を刻んでゆける可能性に満ちている。

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※作業してたら、子供たちがどんどんブルーベリーを運んでくる

 

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※奇跡的に描かれた、煙と風景の、大きなハート❤…見えますか?

 

「変化」は、ゆっくりでもいい。出来るだけ、沢山の人が、無理なく、取り残されることなく、一緒に変化させていける方がいいから。それには、こうして小さな表現行為を重ねて、日々暮らしている場所でひそやかな宣言を「続ける」ことも、大事なんじゃないかな、と思っている。

 

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※前日までの雨がウソのように、陽が射していた。天地の塔が光る。

 

僕にとっては、こういうお祭するのも、音楽やってるのと変わらない感覚。今年も、集まって一緒に時間を過ごしてくれた地元の皆さんに、感謝したい。

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※洋子さん力作…ブラックベリージューンベリー、ブルーベリーのサフト(煮詰めて甘いジュースにしたもの)をエールで割ると抜群に美味かった!今度はこれで一杯やる会でもしようかな。

 

梅雨の我が家と、7月の演奏会『時をこえる音楽の旅』のお知らせ

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※先だって京北・大野で行われたジャズ・ライブKAYABUKI Noteで使った、作りたてのQuena2種。ボリビア在住の杉山氏に譲ってもらった、キルキと呼ばれる鮫肌の材で製作したもの。なかなか良い。


夏至が近づき、夕暮れまでの時間が長くなった。雨が続いているから、その中の晴れ間には草を刈ったり、苗を植えたりして、外に出ることも多い。あちらこちらにハーブが植わっているので、名も知らない草たちの香りを含め、敷地内は匂いの万華鏡のようになる。

 

そんな匂いにつられてか…このところネットのくぐり方を覚えてしまった小鹿が、明るいうちから頻繁に我が家にやってくる。気配を感じて見に行くと、草むらの向こうから首を出して傾げていたりする。もちろん、畑のものをかじられても困るので、いつもの通り追い出そうとするのだが、軽やかに四本足でハーブの上を飛び回るので、出口まで誘導するのが一苦労である。ネットを締め直してると、池の近くから鳴き声をあげて僕を呼ぶ。…どういうつもりなんだろ。

 

あの子たちが来てるということは、間違いなくヤマビルが庭に潜んでいる。ヤマビルの認知世界は哺乳類の発する二酸化炭素や体温、微細な振動によって構成されているので、あれこれ防御をしていても彼らはこちらを認知し、ニョキニョキやって来る。雨上りにはトノサマガエルたちが歩くごとに飛び回り、何とも可愛いのだが、この子たちが沢山いるということは、ニョロニョロたちも沢山やって来る。

 

しかし最近の困り者は、何と言ってもハクビシンたちだ。かつて、タヌキやアナグマたちが我が家の軒下に住み始めた際は、絶え間ない床振動作戦と、縄張り主張威嚇作戦によって引っ越し頂いた訳だが、僕は元々イヌ科であるタヌキLoveなので、実は周囲をうろつかれてもそれ程いやではなかった。イタチ科のアナグマも、留守中の我が家の庭に穴を掘りまくった訳だが、まぁ憎めないヤツらではある。しかし、ジャコウネコ科のハクビシンたちは、このところ決まって我が家の玄関に狙いを定め、糞をする。つまり、巣を作っている訳だ。追いかけても素早く木だの柱だのに登って行ってしまうので、なかなかに厄介なのである。

 

ところで…長い間、僕が違和感を覚えてきたことがある。大半の時間を、実際には自然から離れた人工物の中で暮らしている人間が、「自然を謳った音楽作品」を演奏したりする時に漂わせてしまう、一種のウソっぽさというか、空々しさのようなもの。どうしてそういうものが漂ってしまうのかというと、それは「そこで描かれているもの(求められているもの)が、人間に都合よく描かれた、幻想(ファンタジー)としての自然だから」じゃないかな、と思う。

 

人間に癒しやエネルギーを与えてくれる、都合の良い対象として描かれた自然、ある意味「向こう側にあるもの」としての、架空の自然(具体的なイメージだと、ジブリ・アニメなんかで描かれる自然や、大きめの森林公園みたいなイメージなのかも)。そのような「夢見がちな都市人間の作り出す自然像」の中では、面倒くさいものや気持ち悪いもの、近寄り難いものや理解し難いもの、そして人間などお構いなしに変化する、人智を超えた、ワイルドでパワフルなものの姿が描かれることは、あまりない。

 

人間にとって時には厄介な自然の姿や、時折牙をむく凶暴な自然の姿が、音楽作品の中で描かれていることは、まずない。そういうのは作品にもなりにくいのだろうし、この社会では商品にもなりにくい。享受主義でバーチャルな現代社会だから、それも当然かも知れない。

 

同じような場所で、同じような暮らしをしている者同士の間では、世界観や価値観は共有されやすい。同じような視野の者同士の間では、思想も幻想も共有されやすい。だからファンタジーを共有する者同士の間で、需要と供給が成り立つ例は多い。成り立っているうちは、疑問も湧きにくい。それがいいとか悪いとかいう話じゃない。人間には、そういうところがある…ということだし、もちろん僕だって現代を生きる人間だから、こういった現象が世の中を覆っていることは、よくよく理解している。

何故、僕はそういうのに馴染めず、違和感を覚えてしまうのか。そういうのに真実味を感じられなくて、いちいち気持ちが萎えてしまったりするのか。おそらく、僕は、厄介でワイルドで人間の都合を意に介さない自然の諸々に、どこかで愛着があるからだ。

 

人間の作った都市・街・居住区というものは、地球上にポンと置かれたコロニーのようなもので、そこからは人間や人間の作ったもの以外(現在、自然・天然と呼んでいるもの)が、一旦可能な限り外に追い出されている。まぁまぁ徹底して締め出したくせに、それじゃ寂しいからと言って、自分たちが制御しやすそうなものだけを選んで、ちょこっと戻している。そういう都合の良い発想が、力の行使が、この人間の居住世界を形作っている。農村・山村だって、そういう感覚が根底にはあると思う。

 

でも農村・山村では、人工世界とそうでない世界がすぐ近くで接しているし、混じって未分化な部分も多い。人間以外の世界が常に近くにあり、人間世界を眺めている視線がそこかしこにある。その間で行き交っている生命が常にあって、その間で絶え間のないせめぎ合いがある。そういった、間(はざま)に身を置いて、双方を眺めようとしていたら、僕たちは常に「人間というもの」に向き合わされ、気付かされることになる。

 

僕のような感覚の人間は、もしかしたら、こういう所だからこそ、自分が音楽だと感じられるような音楽が「できている」のかも知れない。自分が愛着を感じているのは、自分たち人間が作り出す幻想の方ではないと、確かめることが出来るから。

 

ところで、「出来る」「出来た」という言葉は、近代以降は「可能(~ができる)や完成(できた~!)を表す言葉」としか使われていないが…本来の意味はもちろん、そうではない。文字そのままの意味で、「出来る」とは元々「出(い)で・来る」という意味だ。

 

どこから、どこに向かって「出で来る」のか。

何かに関する可能や、何かの完成を形作っているのは、僕たちが普段安易に使っている「自分」などという、(自分ではないと思われるものを排除し、区切って名付けて居座っている)小さな地点ではないのだろう。自分と自分でないものは本来未分化なものでもあり、そのような拡がりを持つ認知状態の内から「出で来る」ものを、いつもキャッチできる自分でありたいとも思う。

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※5月25日の公演用に製作した、アルメニアの縦笛シュヴィ。下記の演奏会でも使用する予定。僕がこのところ注目している、アルメニアクレタ島モルドヴァのチャンゴ―音楽には、共通しているものがあるような気がしている。


さて、肝心の演奏会のお知らせ…でも、実はもう残席はあまりないので、もしご興味をお持ちで、ご都合よい方がおられましたら、早めにお問い合わせを!
※ブログ公開後の6月16日夜に、予約は定員に達し、締め切りました。キャンセル待ちご希望の方は、ご一報下さい

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※この写真は、ウズベキスタンのモスクの内側の壁。描かれているデザインはキリスト教由来のもの。オアシス国家であるウズベキスタンサマルカンドには、狭い地域に少なくとも21種類の宗教施設があるそうだが、それぞれの内に、異なる宗教由来のものが共存し融け合っていることが少なくないという。もちろん、言うまでもなくこういう現象は音楽にも頻繁に見られる。

「きのくに」の洞窟

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紀伊の国は、かつて「木の国」と呼ばれていたという。
降水量の豊富なこの辺りがその昔、見渡す限り木々に覆われていたであろうことは、今の風景からも容易に想像がつく。  全国津々浦々に散らばる鈴木さんたちの多くが、熊野発祥ではないか…という説があるが、木は音として鬼にも通じ、あの九鬼一族も熊野水軍の末裔の一つと言われているくらいだから紀伊の国はある意味、「鬼の国」でもあったのかも知れない。

南紀白浜を訪れたのは、本当に久しぶりのことだった。一応仕事(演奏)に行ったはずなんだけど…演奏する三段壁の真下が、熊野水軍にまつわる洞窟だと知った瞬間から、心はスッカリその洞窟に引っ張られ気味だった。つい先月、壇ノ浦の辺りを訪ねたばかりだったので、このタイミングも実に興味深い。壇ノ浦の合戦の明暗を分けたのは、平家・源氏双方と由縁のあった熊野水軍の参戦(源氏への寝返り)であった、とも言われているからだ。


崖上から地下へ36メートルを一気に下ると、そこはもう異世界になる。南紀の海辺には7000万年前の頃からの岩が並んでいるそうだが、この三段壁(古くは「みだん/見壇」壁であったという)の洞窟は、巨人が削り取ったかのような豪快な岩肌が、地の底のような色彩を纏いながら暗闇に浮かび上がる、何ともファンタスティックなゾーンである。かつて謎の古代海洋生物が棲息していたのではないか…と思えるようなこの穴ぐらに、ゴウゴウと流れ込んでは響き渡る、波の爆音。この非日常空間が放つパワーに浸りながら、1600万年前の波の跡が化石化したという岩天井を見てると、たかだか840年ほど前の源平合戦のことなんて、もう半ばどうでもよくなってくる。

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洞窟のあちらこちらには、どデカい鉄の扉が設置されており、台風が襲って来た際には、職員が波をかぶりながら、時には波に足をとられながら閉めると聞いた。削られた岩肌に打ち込まれ、まっ茶色に錆ついた鉄の塊を眺めていると、そのリアルさにワクワク感が止まらない。暗闇といい、穴ぐらといい、波の音といい…放っといたらイマジネーションが湯水のように湧きそうな場所だった。

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近くにある千畳敷でも、砂岩の織り成す造形の美しさに目を奪われた。植物はもとより、岩や砂や水は太古からの様々なものごとを記憶しているというが…触ることで読みとれるなら、一日中でも触っていたくなる。

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今回の演奏を依頼してくれたKさんからも、洞窟を案内してくれたSさんからも、白浜には良い温泉が湧いていると聞いていたので、帰りにお薦めの温泉に行ってみた。確かに泉質が良く、気持ちいい。先ほど洞窟の中にいたので、地中感覚のままで温泉に浸かったため、あがったら「今しがた、地球から生まれてきた感」があった。

何とも贅沢な一日だった。演奏もちゃんとしました(この日は…フルイエル、カヴァル、ティリンカ、フヤラ、ブズーキ、ギター型ブズーキ)。

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ブログ再スタート

父がこの世を去ってから四ヵ月が過ぎ、ようやく最後の遺品整理と諸々の処分を済ませて、父が育てていた金木犀を我が家の庭に持ち帰ることができた。枝を払われ、少しばかり小振りになった金木犀を眺めていると、僕自身も大きな節目を迎えさせてもらっていることを改めて感じた。陽のあたる、良い場所に植えてやろうと思う。

 

先だって京都で催した「いにしえの音楽夜会」も、自分にとっては大きな転換点になった。久しぶりに演奏曲の大半が初演曲だったこの舞台…曲だけでなく、楽器も奏法も(南米系やケルト系の手慣れた笛も使わない)新しい挑戦のオンパレードだったので、自分の演奏の仕上がりで言うなら、決して満足できた訳ではなかったが、それにも関わらず、終演後その場を去り難いほどの心地良い余韻を僕は感じていた。自分の演奏に対しては厳しくなりやすい僕は、舞台を終えて達成感や満足感を抱くことがこれまであまりなかったので、今回感じた後味には少なからず驚かされた。

 

客席の人々にとっては、全く馴染みがないであろう地域の、全く初めて聴くはずの音楽が並んでいるにも関わらず、2時間余りの間、途切れることのない集中力が伝わって来ていた。過去にも未来にも拡がる大きな時間の中を、皆さんと一緒に旅ができたような…そんな気がした。

 

自分なりの想いやこだわりが、思うような形で充たされずとも、心地良い余韻を感じれるような瞬間や経験というものが、日々の中にはあったりする。ひょんなことで、過去未来を超えた時の流れの中を一緒に旅しているような人々と出会うこともある。そうして人生は、去り難いものになってゆくのかも知れない。

 

ともあれ、こうして節目と思えるような出来事が続いたので、これを機会に更新が(2015年から)ストップしていたブログを再開しようと思い立った。ところが、IDはおろかパスワードから登録メルアドまでエラーが出てしまい、編集画面を開くことすらできない。

 

これは心機一転、新しくスタートせよということなのかも知れない。そう捉えて、こちらで改めてブログを再スタートさせることにした。こんなことが、以前にもあったような気がするんだけれど(笑)

2015年以前のブログにご興味のある方は
https://blog.goo.ne.jp/futsufutsu_taroを、そしてここ数年の僕の動向に関心を持ってくれる方は、facebook投稿https://www.facebook.com/Taro.Kishimotoを、講演関係のブログはhttp://ark2016.blog.fc2.com/ を、参照してもらえたら嬉しいです。

このブログが、僕と皆さんの世界をつなぐ新たな窓となり、扉となればいいな、と思っている。
 

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※5月25日「いにしえの音楽夜会」…この日演奏した楽器は、アルメニアのシュヴィとタブ・シュヴィ(共に僕が製作したもの)、モルドヴァのカヴァル、スロバキアのフヤラ、ギリシャのブズーキ等。