タローさんちの、えんがわ

「音楽をする」って、 「音楽的に生きる」ってこと

2021年、年末二ヶ月のご報告

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ツクル森オープニングでのフヤラ合奏。スロバキアの巨大羊飼いの笛が毎年この京都の山奥で三本も並んで吹き鳴らされているとは、現地の人々も思いもしないだろうな
FBもブログも投稿する間もなく、あっという間に過ぎた怒涛の如くの2021年秋~冬…いや、単に元々の、発信や報告を二の次にし過ぎる癖が出てしまったのかも。
とは言え、年末の二ヶ月は本当に日々を文言化するような気分にはなっていなかった。11月には「ひらいた祭(イベント・フェス)」であるツクル森、そして12月には「とじた祭(祭事・儀礼)」である冬至祭…このエネルギー的にも秀逸な流れである年末に大行事&幾つかの重要な行事は、どれも一つ一つかみしめて心に留め置きたく、こうして誰に向かうとでもないような発信に落とし込みたくなかっただけなのかも知れない。

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ツクル森二日間終了後の記念写真…円形ステージの上の巨大ティピの中に集まったスタッフやお客さんのこの写真は、まるで地球にやって来た宇宙船の中身写真みたい

◆11月6日&7日「ツクル森」…ひらいた、まつり

今年は、この催しがイベントやフェスという範疇ではなく、ある意味新しい「ムーブメント」になりつつあることが明確に見えた年となった。職業柄これまで多くのイベントやフェスに出演してきたし助力もして来たけれど、ツクル森はそのどれとも異なった方向性を持っている。「そこをキャッチしている人々」が次々とつながり、そこをキャッチしている人々が模索し続けることで生まれつつある風景。それらに関して書きたいことや写真・動画はいっぱいあるんだけど…そういうのがあまりにもあると「何も書けねぇ~!」ってなっちゃうことが今回よくよく分かった(^-^;

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今年はボランティアの撮影隊もいたのに、個の恒例・東欧フォークダンスの写真がやたらに少ない…そりゃそうだ、みんな踊っちゃってんじゃん!!

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写真や動画なんて撮ってる場合か、踊っちゃえ~!!

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いや、そりゃ写真ないわコリャ…輪になった踊りは夕暮れまで続く

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今年は中国音楽やハワイ音楽など、世界の音楽会は盛り沢山だった…そしてガムラン合奏団によるバリ音楽の演奏&ガムラン・ワークショップもついに実現!

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阪大で授業をとってくれてた学生さんたちもはじめて何人かこのツクル森にボランティアスタッフで参加してくれた…みんな、有り難う~❢数日間楽しかったね~~!!

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今年はじめて登場した、火起こしの儀式

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一番奥にあるジョンさんハウスは、居心地サイコー

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一日目の出演者総出演&即興セッション+ファイヤーダンスは、何だかヤバいほどの盛り上がり

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夜に行われる森の上映会も、超幻想的
◆12月22日「冬至祭」…とじた、まつり
毎年ここにもアップしている、地域住民しか参加できないこの「祭・儀礼」は文字通りの「祭」で、ある意味最も古くて最も新しい催事。それは「近代・現代」をスキップするような時間軸を内包している…という意味なんだけど、だからこそこれまで様々な音楽文化を追いかけて来た僕にとって、冬至夏至は地域の外に出たくない・他の仕事や用事をいっさい入れたくない節目の日になっている。そんな絶対的優先順位のようなものを明確にする事で生まれた視座のようなものが僕の中にはある。今年も一軒一軒巡りながらいろんな人の人生や暮らしに触れ、何だかしみじみと感じ入る時間を過ごさせてもらった。

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今年の冬至祭の精霊隊…この冬至祭は本気の祭でちゃんとした儀式でもあるから、(毎年の投稿にあるように)地域住民以外参加禁止、動画撮影や録音禁止で、写真も白黒にする決まりがある

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冬至祭のクライマックスの輪踊り…精霊たちによって冬至笛が吹く鳴らされる

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希望されたお家に到着後、森羅万象への感謝と鎮魂の儀礼では鹿の骨笛が演奏される…この後、家人のための祈りの儀式や輪踊りが始まる

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全ての儀式が終わると、その家の人たちとのお茶タイム…今年もいろんな家を訪れて、様々な暮らしや人生に触れて何だかしみじみと感じ入る時間を過ごさせてもらった

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最終地点の我が家でのセレモニーが終わると、恒例の冬至祭持ち寄りパーティー(食の儀)が始まる…毎年手作りの料理が持ち寄られるんだけど、どれも美味しくてレベルが高い

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地域の友人たちが持ち寄った料理にあちこちから手が伸びて「これ美味い!誰が作ったの?」「作り方教えて~」みたいな会話が飛び交うこの時間が、ホントに至福の時間
◆11月12日「鳥獣慰霊祭」、12月24日「ひかり保育園クリスマス・コンサート」
これら二つも、何よりも優先して引き受けたい催し。関西野生生物研究所が主催する「鳥獣慰霊祭」は、多くの動物たちが生息する地域に住む僕にとってもはや最重要な日になっている。心きよめてのぞみたい修行のような場。そして我が家の斜め向かいにある保育園での演奏は、地域の子供たちからいつも澄んだエネルギーを浴びている僕にとって、これまた最重要の催事。子供たちのスパークするエネルギーと、予測不可能なナゾ踊り(腹ばいで、半ば白目状態で高速回転し続ける、謎の踊り?)に吹いてしまい、演奏続行不可能に追い込まれたけれど…まさに心の安定が問われる修行の場。つまりこの二ヶ月は最重要・最優先の催しが続いていることになる。

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今年の鳥獣慰霊祭では洋子さんにも手伝ってもらって、なんとフヤラ二重奏も飛び出した
◆その他、様々なコンサートやステージ
実は仕事という意味では、日頃どちらかというと一般公開ではない場の方が今の僕には多い。つまり依頼を受けて演奏しに行く会員制の催事や式典・パーティーなどで、僕たちの音楽を「知らない人たち」、つまり初めて聴く人やそれ目当てじゃない人たち、もちろん音楽に全く興味がない人たちもいる中での演奏。大抵の場合BGMではなくコンサートなので、そういう人たちを相手に一時間ほど存分に楽しませる内容にしないといけないんだけど…ご存知の通り一般的には全く知られていない曲ばかりを選ぶ(笑)
こういう仕事は主催者や企画者からの信頼で声がかかるものだし、主催側から来場者への「プレゼント」でもあるから、やりたいものをやる…というような単純な感覚では出来ない。もちろん、勢いや押し出しだけではどうしようもない。責任があるし、年齢層も様々な人たちが、知らない音楽・初めての楽曲を楽しく興味津々に聴けるだけの工夫や技量が必要になる。正直一般的にメジャーな(イメージが付いてる)ジャンルの音楽なら、イメージで聴いてもらえはする。客席にいるのがファンなら、聴いているのは「それを求めて来てる人たち」だから、ある意味いつも通りでいい。でも、そうじゃない人たちが対象だと…好みを知らない人たち相手にその場で料理を作って出すようなものだ。
僕は元々、一般社会ではあまり知られてないような音楽文化に心惹かれてしまう人間だし、長年オリジナル作品を作って来た人間でもあるから、こういう場で自分のやってきたことの8割以上を封印して(笑)、信頼に応え役目を果たすのは…良い意味で人間を知ることや社会を知ること、そして修行になっている気がする。これもまた、ライフワークでもあるんだろうなぁ。**********************
気が付いたんだけど、僕は日頃ライフワークと呼べることしか、してない💦
それらは大概「たのしい修行」って感じかな。人と直に触れることや関わることって、たのしくて深遠なことだ。冬至という潮目からここしばらく、アレシオメーター(僕の場合は新しい練習中の笛ww)を手に、半ば無心に過ごしてたんだけど…どういう訳か年明けたらインスタでも始めてみようかな~と思い始めてる(笑)SNS苦手なクセに。

夏が過ぎて…

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旧友の三回忌に淡路島を訪れた。唯一、中高からつながってる友人だったんだけど…思いのほか早く逝ってしまった。彼の実家でご家族だけの法要…彼だけがいないのが何とも不思議で、そしてやはり、まだ実感がわかなかった。 ご家族と一緒に、彼の傑作な想い出話の数々をしながら、10代の頃の自分を、あの頃を久しぶりに振り返った。明るくて、あたたかい法要だった。


先週、学生さんたちの回答全てに、ようやく返事を出し終えた。もう仕事的には8月頭に終了してて、成績も出し終えてから一ヶ月が過ぎてるんだけど…タイミングを見繕いながら一通一通返事を書いてたら、えらく時間がかかってしまった(笑)

「レポートに対して個別に返事や感想を書いて来てくれる授業は他になくて、有り難かった」と後から書いてきた学生さんも多かったんだけど、そうなの??考えさせられる…。
授業の補足テキストや学生さんとのやり取りは、本にしたら毎年一冊分にはなる。実際本にできる訳じゃないけど…ホントは多くの人に読んで欲しいくらい。

今年の最終課題はこんな感じ。この設問の一つ一つの意味が読み取れる社会人って、今どれ位いるんだろう。残念だけど、まだ勘違いしたり早合点してしまう人の方が多いんだろうな。かなり大きな時代の変わり目を迎えてはいるけれど、旧時代の思い込みを捨て去ることができる人が増えるには、もう少しかかりそうだと思う。

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①歌を作るつもりで、「ひとり」「ひとつ」「いきる」「いく」「めをさます」という五つの言葉を使い、詩を書いてみてください。

②あなたにとって「かけがえのないもの」とは、どういうものでしょう?もしくは「なくしたくはないもの(失いたくはないもの)」とは何でしょう?幾つでも良いので、思いつくままに書いてみてください。

③あなたがつい「機械的に反応してしまうこと」って、どんなことですか?普段の自分自身を振り返って、書いてみてください。※たとえば、誰かから頭ごなしに否定された時ムカッとするとか…パターン的なことが引き金となって、喜怒哀楽など(特定の感情)が半ば自動的に・反射的に、自分の中で引き起こされるようなこと

④「生まれたばかりのあなた」を、今のあなたが養育するとしたら…あなたは、自分自身をどのように育てたいと考えますか?空想を巡らせて、書いてみてください。
⑤あなたがもし「あなたの両親の、親だったら」…あなたは、自分の母親を父親を、どんな風に育てたいと考えますか?空想を巡らせて、書いてみてください。

⑥あなたが「今、自分がイメージできる最高の状態」にあるなら、あなたはこの社会で、どのような「はたらき」を担うと思いますか?
⑦あなたが現在「そうなれないでいる」、もしくは「今後、そうなれないような気がする」ならば、それは何故でしょう?あなたが「そうなれる」ことを阻んでいるものがあるとしたら、それは何だと思いますか?

⑧「私は常に、自分や自分のおかれた状況に、変化を起こすことが出来る。なぜならば…」という書き出しで、続きの文章を書いてみてください。

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たぶん大方の人が想像する以上に話があちこちに飛ぶ、超無節操な授業だけど(笑)今年もまた、宝石みたいな魂をいっぱい見せられた時間だった。みんな、ありがとう~こんなヘンテコ状態の世の中・カオスのような時代だけど、いろいろ考えたねー、いっぱい笑ったねー、輪になって踊れて楽しかったね…☺

みんな、いい人生をおくれますように☆彡

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はじめて、動物性の灯と、植物性の灯の違いを、実際に見せてもらった。 植物性の灯は、炎がくっきりしていて、人間の「動的」エネルギーを高める。確かにキャンプ・ファイヤーの炎も、テンション上がるからアッパー系と言える(笑)薪ストーブの炎は、アッパー系だったのか…。 対して動物性の灯、たとえば「ギ―」などの炎は、周囲にオーラのようなものをまとっていて、人間の「静的」エネルギーを高める。祭礼や儀礼などで用いられるろうそくは、本来は動物性の灯が基本だったらしい。道理で、昔の宗教画の炎の絵には、オーラのようなものが描かれていることも多い。日本ではやはり、蜜蝋の蝋燭などがいいのかな。
これほどまでに、エネルギーが違うとは。驚愕。
これくらいの写真では、分かりにくいと思うけど。

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夏至祭より前になるけれど、6月初めに久しぶりのホール・コンサート、久しぶりの南米音楽のステージがあった。数年前に出演したコンサート・シリーズで、アンコール希望の人気投票で一位だったらしく、とても光栄なアンコール公演だった。せっかくなので(笑)、この日は一日前と二日前に作った笛で全曲演奏。フツー演奏者は、舞台では馴染んだ楽器を使うものだとは思うけれど、僕はこういう事をよくやってしまう(笑)
以前このホールでコンサートをした時は、まだ父が生きていて、この近くの病院で入院中だった。看護婦からもらったと、チラシを見せてくれたのを思い出す。 我ながら、久しぶりのケーナ演奏ではあったけれど…良い演奏会だったと思う。万全の対策で運営して下さったホールスタッフの皆さんに深く感謝。

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SNSで料理をアップしたりはしない方だけど…フツーに日々料理してる(笑)今年の初夏、ふと思い立って麻婆豆腐の作り方を改めて調べて見たら…ずっと長い間、重大な勘違いをしていたことが判明!それから探求がエスカレートし、抜本的に作り方をかえたところ…ついに納得の麻婆豆腐が作れるようになってしまった。 中華食材はもとより、京都界隈で手に入る様々な豆腐を試した結果、麻婆豆腐にはコレ、という豆腐も定まって来て、我が家ではもはや別次元の麻婆豆腐が食卓にならぶこととなった…が、おかげで大概の店の麻婆豆腐には、満足できなくなってしまった…これはこれでショックではある。
だって、何で手抜きしてるか、わかっちゃうんだもん(笑)

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京北での男踊り講習会(ハンガリーの足しばき系踊りにチャレンジする会)も、ついに女の子たちを迎え入れ、カップルダンスへのチャレンジを始めるに至った。が!初めて参加した女性たちの、呑み込みの早さに男一同愕然…。なんでそんなに、いきなりイイ感じで踊れるんだ…。 このままではすぐに追い抜かれてしまう!と危機感を抱いた男どもの、ちょっとばかり不安がよぎる顔の集合写真をどうぞ。

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我らが講師ホーリー君の後輩、ノンちゃんの指導で、めきめきと上達する女性陣。
こりゃ、まじでヤバい。

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近所の友人たちと取り組んでいる醤油作りは、じわじわと進んでいる。様子を見ながら時間かけて世話を焼いていく過程って、つくづく大事だなぁ。
ここに突っ込んだ手で、炊き立てのご飯を握って食べたい。

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夏野菜にもいろいろあれど、我が家では毎年この季節、「空心菜」にドンはまりする。だいたい調理自体は、ナンプラー花椒を使ってミンチと一緒に炒めるパターンが多いんだけど、空心菜が出回ってるうちは出来るだけ食べたい!と思っているので(笑)近所の売り場で、目にして買わない日はないほど。 昔、自宅で水耕栽培してたことがあるけど、やはり近所の農家さんの空心菜が数段うまい…。

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う~ん、不動明王もこのレベルだと、アルメニアゴシック様式の教会で見る、ゆるキャラ級のレリーフたちに肩を並べられるかも知れん。










2021年、夏至祭

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天地の塔、今年はマコモ縄とドクダミの花が螺旋に巻き付けられた

6月21日(月曜日)、京北・夏至祭…これはイベントでもフェスでもコンサートでもなくてホントに「祭」なので、休日平日に関係なく夏至の当日に行なう。この国もこの社会も…早くそのことに気付いて、そういう暮らしを取り戻すことができたらいいのにと心から思う。
※この夏至祭は、特定の宗教にだけ基づいたお祭ではありません
2021年夏至祭記録映像 https://youtu.be/QBqzk5RSh78
2021年夏至祭準備記録映像 https://youtu.be/wcRHcWQ7xv0

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我が家のハーブ園は人知れぬドラマに満ちている
今年はなかなかレアな年で、夏至点が昼だったから昼の乾杯から祭がスタートした。数日前に設置した「しあわせの輪」や「天地の塔」を花やハーブで飾り付けながら、ゆっくりとお茶会。近所の友人たちはそれぞれやって来たタイミングで「ウツシダマ」をつくり、何気ないお喋りをしながら時間を過ごす。

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われらがアイドル、かやちゃんの今年のウツシダマ

夏至の日のハーブを摘んで、天地の塔やしあわせの輪、ウツシダマを飾ったり、料理に使うのが毎年の行事。ある程度は整備していたけれど、雨が続いた後はやはりハーブ園がカオスになっている(笑)でも、あまりにも手の入った庭は、それはそれで管理が行き過ぎた社会のようで、寒々しくもある。自然の、人知れぬドラマが見え隠れする庭の方が、せめぎ合いとしてはバランスが良いようにも感じるし、何より分け入った時にワクワク感がある。

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夏至点の乾杯の後はお茶会…イチゴケーキが美味過ぎる!大人が問われる瞬間…

今年はジューンベリーが当たり年で、ヒヨドリたちの来襲も少なく(笑)今までにない量が収穫できたので、「ジューンベリーをその場で絞ってソーダやワインで割って飲む」っていう、贅沢な遊びを始めた。砂糖不使用でも、とんでもない甘さとさわやかな香り!

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前の日に子供たちも加わってジューンベリー収穫…雨の如くベリーが降る

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その場で絞ってジュースにして飲むという贅沢…夜にはソーダやワインと割って飲む

ルーベリーも目下、鈴生り状態…子供たちがちょいちょい採りに行っては口いっぱいに頬張る。この日は太陽も人のエネルギーも何だかすごくて、まるで時代が早くも次に進んでしまったかのようだった。

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去年と違って、剪定が効を奏したのか大豊作…生い茂ってジャングル状態だけど(笑)

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夏至祭の昼間、近所の友人たちは自由なタイミングでやって来る

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前日までに設置された輪は、当日に花やハーブで飾り付けられる

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杉の葉は覚醒系のエッセンスがあるらしいが、確かに設置時、みんなハイになってる(笑)

毎年書いてるけど、聖なるの「聖」は「ひじり」と読み、これは元々「日を知る」の意。古来からこういう節目の日は、自分がどう生きるかを自然天然世界に向かって宣言する日でもあった。何気ないお喋りや遊びも、この日は聖なる儀式へと変容する。

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天地の塔の輪は、こうして回せる

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これがウツシダマ。ワラを丸く結んで行き、そこへハーブや花を飾り付ける。

夏至祭は冬至祭と同じく、地域住民しか参加できない「閉じた祭」なんだけど、僕はこの「閉じる」ことの意味について、「開く」ことと同じくらいにこだわって来た。「輪をくくる」…これは歴(れっき)とした知恵やアートだと思っている。

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ウツシダマは、それぞれの手で作られた後、こうして日に投じられる

ちなみに、世界各地に残る夏至の祭は、古来から男性性と女性性の融合…いわば二つの極の共鳴や融合がテーマの一つだが、エントランスの「天地の塔」も、天と地を結び付けるシンボルとして、祭会場である我が家の入り口に建てられている。横軸に作られた回転する輪は、ちょうど天と地の間にある僕たちの世界を表す格好になっているが、これも搭をはじめて建てた際に、自然とそういうデザインになった。縦軸や横軸、輪や回転といった要素が、万国共通のシンボルとして、この現象世界を表していく過程を、作りながら追体験しているというわけ。

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ウツシダマは、お互いが作っている過程を眺められるのも楽しい

そして「ウツシダマ」は、この夏至祭の要でもある儀式。かつて日本には、罪や穢れ、邪な想いやネガティブな想いなどを祓う方法として、石を使う方法があった。小さな石を手に取り、体温と同じ温度になるまで握りしめ、そこへネガティブな思いを移行させ封じ込めると、それを川に投げ入れ、水の流れによって浄化させていたという。よく、川で拾った石を持って帰るな、と言われたものだが、そこにはそんな理由もあったという訳だ。

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夫婦で作ってるのを見ると、それぞれの個性が滲み出てて面白い

夏至祭の「ウツシダマ」は、そんな「浄化」のアイディアを持つ儀式。ワラの紐を丸めて結びながら、そこに上記のような想いや浄化したい記憶などを込めていく。そしてそのワラの玉を、夏至の強い光を受けたハーブや花で飾りながら、エネルギーをカワイく美しいものに「変換する」のが、このウツシダマ。こうしてできたカワイくて美しい作品を、それぞれが火に投じる。自分の創造性でもって変換したエネルギーを、火を通して地球に返すというワケ。

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ジョンさんの今年のウツシダマは、コーヒーカップ型…おもろい

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親子で作っていくのも楽しい

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自然に、お祈りしちゃう

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火の持つ意味について、自然に色々考えちゃうね…

それにしても、持ち寄りパーティーのクオリティの高さが毎年ヤバい。みんなの創造性や日々の心持ちに、いつも感心させられる。地域に住む友人たち、そしてこの日の有り難き「し合わせ」に感謝。

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こうして、この日に集ってみんなで乾杯できることに感謝

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夏至祭の夜は、恒例の持ち寄りパーティー…ハーブを使った料理が並ぶ

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ヤバいっていう言葉を連発する世の中の風潮は、どうかと思ってる方なんだけど…

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…それでも、ヤバい!うまい!どうなってんの!?を連発してしまう(笑)

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見とれてて、食べ損ねた…くやしい!

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ここに書くの忘れてる人もいるけど…毎年、全部味見できない…。

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僕は今年は変化球で…雲南省の朝の屋台で食べた汁ビーフンと、ラフマジュンのソース

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テーブルに、沢山の手が伸びてる光景って、好き

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※そろそろ我が家の構造的キャパを、次のレベルにアップすることを考えなければ…💦

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食の儀が終わると、皆が外に出て…

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「しあわせの輪くぐり」が始まる

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輪くぐりの時に演奏される笛が、これ。

しあわせの輪くぐりは、カップルでも家族でも、友人同士でも…相手のいない人は一人でもできる。一年に一度の「結婚式」みたいなもので、夏至祭の「女性エネルギーと男性エネルギーの共鳴と融合」を象徴する儀式。結構楽しい♫
お祭って、「時間の中の定点観測」みたいなところがあって…それぞれの、一年の間の変化や成長が見えたり、これまでの何年もの歩みを眺めたりできて、感慨深くなったりもする。

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ちなみに、こうして友人たちが集まって、設置や後片付けをする

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準備や後片付けは「前祭」「後祭」ということになっていて、楽しいお茶会や食事会でもある

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ジューンベリーは予想以上の収穫だったので…

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夏至祭だけでは飲み切れなかったから…

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こうして発酵させたのを楽しみながら、祭の余韻を味わっている









5月。田んぼでは…近所では…


www.youtube.com

 

5月の初め…近所の田んぼで、合鴨たちがはたらき始めている。と言っても、正確に言うと合鴨たちは、毎日少しづつ田んぼに慣れていってるところで、はたらいてるのはむしろ、この地域の大人や子供たちかも知れない。キツネやテン、カラスやトンビなど…無防備なヒヨッコたちを狙うヤツらが、山に囲まれたこの地域にはいっぱいいる。ヒヨッコたちの成長を見守る人々の「育み力」にいつも心動かされる。 

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うちの裏手から峠を行くと、美しい森が拡がっている
22日土曜日は、まだ広く知られていない北陸新幹線延伸計画の問題を、よりリアルに捉えるための山歩きツアーに参加した。この、環境的にも経済的にも常軌を逸した破壊計画は、京北や美山のような山村だけでなく、京都市街地や近隣県をも巻き込んで、近未来に甚大な被害と損失をもたらす可能性が高い。気合を入れて臨むつもりが、何故か遠足前の小学生のように一睡もできず…それでちょっと惚け気味だったのか、山道で膝辺りを変にグネってしまい、行程半分からは膝が痛くてまともに歩けなくなってしまった。この歳になるまで、骨折はおろか捻挫もほぼしたことなくて、こういう痛みもいわば初めての体験…だったが、この山道はかつて平家の落人も歩いた道らしく、それならうちの先祖とも何らかのつながりがある訳で、そんな風に人々の道程に想いを馳せていたら、今度は今まさに山越えで国境を越え避難している難民の人々のことを考え始めてしまい…足元だけではなく、心までが一人さまよってしまった。

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のどかな風景にも見えるが、豪雨災害で広域林道工事の土砂が下流まで流されてきた現場…実際に目の当たりにすると、やはり大型工事による環境破壊への危機感がつのる

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森の中には妖怪のような木もちらほら…人間が二人くらい楽に入れるくらいの室が

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立ち枯れた栗の木も、半ば精霊化している…

23日日曜日は京北村民歌舞プロジェクト、今年の目玉企画(?)「男踊り講習会~野郎どもでもカワイク踊れるゾっ」だった。第一回目は夢のハンガリー・足しばき踊り(注:そんな名前ではない)。京北を日本のトランシルヴァニアに見立てての計画…予想以上の盛り上がりで、これは地域に新しい風が吹くのではないかと期待が膨れ上がる。

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これは基礎を習っているところ

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終わったら、男お茶会

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ダンス隊結成写真(笑)何十年か経って、皆で懐かしくこの写真を見る時がくればいいなと思う

その後、近所の友人宅での野草料理のパーティーに…達人のハイレベルな「葉っぱ料理」たちを囲んで、ムーミン谷の住人みたいな人達が集う。以前から思ってたけど、今僕の周りにいる人たちは、大人も子供もエンジェルみたいな人が多い。もともと僕自身は、あまり人間と群れることができないタチだったんだけど、京北にやって来て少々変わってしまったのは、おそらくその辺りに理由があるのかも知れない。

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カラフルな野草料理…ちなみに、むちゃウマい!

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台所はついつい覗いてしまう

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子供たちが群がる木…前よりもツルツルになってる…(笑)

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対面式の火どころはいいなぁ~

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う~ん、こういう会はこの季節、しょっちゅうやった方がいいな

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本当に、美味しくて多彩な野草料理でした







2021ツクル森(11/6,7)は、もう動き始めている

今年のツクル森(11月6日・7日)が、動き出している。
https://www.tsukurumori.com/
この歳になって、ようやく人と一緒に何かをつくり出すことの楽しさを知り始めてるような…そんな気もするけど(笑)、もしかしたらそれは、きわめて楽しい人たちが今ここに、つながりつつあるということなんだろうか??
ともあれ、今はすごい時代だなぁ〜ってしみじみ思う。暗く沈んだエネルギーが漂う中、あちらこちらで明るいエネルギーが光を放っている。もう随分前から始まってはいるけれど…一人一人がこの世界に加えていくもので、一歩先の世界はおそらく一変する。
そろそろ世界を変えていこう

※写真は、5月15日夜に行われたツクル森Zoomミーティング
 

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春…大学の講義始まる


www.youtube.com

春、満喫…とはいえ朝は0~3度くらいまで落ちることもあるから、日中との温度差が大きくて、草花やクマンバチ、蝶々たちからも何となく戸惑いのようなものを感じる。世の中は相変わらずヘンテコ状態驀進中だけど、今は外で過ごすのに最高の季節…そしていつも通り、自然は人間どもを待ってはくれない。この地に移って来て最初の年は、リアルに朝から晩まで庭仕事をしていたけれど、寝る前に体重計に乗って4キロ近く減ってた時は、さすがにヤバいと思った。最近は無理しないで(笑)自分に甘く、暮らせるようになった気がする。でも案の定、草刈りも整備もなかなか追いつかない。

 

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闘病中の母を連れて母宅の近くの公園へ。母はあまり足が動かないんだけど、無理しても来た甲斐があったと何度もつぶやいていた。桜の黒い幹と薄ピンクの花のコントラストを眺めていると、いろいろ感じ入るところがあるなぁ。

さて、前期だけ担当している大阪大学での授業が今年も始まった。昨年受講してくれた学生さんが数人、再履修希望なるものを出して、二度目を受けに来てくれている。僕は授業を受けに来る学生さんたちに愛着を感じているので、素直に嬉しい。授業のタイトルは昨年と同じく、「共生の技法~ヒトはなぜ、うたい踊るのか~」。

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春になると、去年風に運ばれたままの線上で「タンポポ・ライン」が出来ている。

よく「どんな授業されてるんですか」と尋ねられるんだけど、一言で説明できない。社会人対象の講演会などをすると、「こういう話を学生の頃に聞いておきたかった」と仰る方が結構多い。でも実際には学生の頃に聞いても、ピンと来ない話も多いはず。でも中にはピンと来る学生さんもいるだろうから、キョトンとされたり聞き流されたりするのを覚悟で(笑)、そういう話も盛り込むようにしている。

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京都の街でぽっかり空いた時間に、北野天満宮を歩く。参道で上を見上げている人は少ない。でも、上の方ではすごい光の饗宴が繰り広げられている。

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これは大阪大学の構内。散らばった葉っぱを眺めているだけで、いくらでも座っていられる。 皆、こんな風にして過ごしたりしてるのかなぁ…ここにいられるのも、ここで好きなだけ座っていようと思えばそうできるのも、ほんの数年のことなんだよ。

現代日本人の多くは、一つ一つの言葉についてあまり知らないまま(知ろうとしないまま)、周りの人が使っているのを受けて「ただ使っている」。その意味や概念がどこかでおかしくなっていても…みんな同じようにして「ただ使っている」ものだから、気付く機会がまずない。これは「音が狂ったままの楽器を、みんな気付かずに鳴らし続けて、メロディを奏でてる気分・合奏している気分になっちゃってる」のに近い。社会の大部分がそうだったら、これはえらいことだ。 

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今年は鴨川べりをいいタイミングで歩くことが出来た。 この辺りは空気が美味しいな。川はもっときれいにしたい。この近くに住む人たちがその気になればそれは実現するだろうな。

でも日本は既に「えらいことになってる」状態が長く続いていて、随分昔から「個々の思考は乱れやすく、感性は機能しにくい状態になっている」。もしくは、別の機能を果たす状態に「追い込まれている」…と言ってもいいかも。

 

言葉はみんなが日常的に使っている「音」だから、その「調律や調整」は、即効性と実用性がある。なので、そこを入り口にして、日常の中でのものの捉え方や感じ方、考え方や行動を見直していくようなことを、授業ではよくやっている。

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去年も書いたけど、自分がこんなにチューリップ見て胸キュンするようになるとは思ってなかった(笑) 今年はどういう訳か四つがフォーメーション組んで風に揺れている。夕方にいそいそと閉じてるのがまたカワイイ。

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去年植えた、我が家の八重桜。僕は八重桜がかなり好き。桜餅みたいで美味しそうだから(笑)

教育が「おかしな状態」になっているのは、今に始まったことじゃない。僕が子供の頃から既にそうだったし、僕自身もその頃から気付いていた。仮に現場の教師たちがそれぞれ問題意識を持って取り組んでいたとしても、どうしても限界や制限もあるし、この国の現状がこれでは心ある教師から順に疲れ果ててしまう。就職活動で「頭がいっぱいな状態に、させられている」学生さんたちの言葉の中には、彼女ら彼らが直観的に感じているこの社会の危機が顔を覗かせる。 

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今年は、カモミールのパワーがスゴイ。整備した甲斐があったなぁ…可愛すぎるやろう。でも摘んでお茶にしちゃおっかな~~~~(笑)

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我が家の暴君(笑)キウイ。とにかく、何でこんなにのびるの?って思うほど、ギュンギュンにのびる。今年こそ摘果して大きくしないと…枝を切っても、葉っぱつまんでもキウイの香り。恐ろしいヤツ。アホほど獲れるけど、僕はキウイアレルギー(笑)

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孤高のチューリップちゃん。独りで大人の雰囲気を醸し出している…

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これは春の初め、ジューンベリーが咲いた際の写真。この白い花が辺り一面に散ったら、いよいよ本格的な春が始まる。それにしても綺麗。近くを飛び交う鳥たちの、ソワソワ感が伝わって来る。

今年からは、授業最初のアンケートに「これまでに、死んでしまいたいと思ったことや、そんな風にして悩んだことはありますか?もしあるならば、その悩みは何によって引き起こされたのだと考えますか?」という項目が加えられた。これはただ単にそれぞれの経験について尋ねているんじゃなくて、今の時点で改めて「自己観察」して書いてもらうことに主眼を置いている。 

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キッチンの野菜棚から、白菜様の雄たけびが聞こえる。なんじゃこりゃぁぁあ!!?白菜大観音が花を咲かせていた…

この社会に居場所を得るために、「取り引き」をせまられるような世の中…「そこには本物の言葉も人間も、感じられないでいます」と書いてくれた学生さんたち、損得勘定して割り切ることが大人になることだとは、どうしても思えないでいる人たちに、光射す時間というか…多くのきっかけや意味のある授業がしていきたいなぁ…と、タイムの間を飛び交うミツバチの羽音を聞きながら、毎年のように思う。

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ぽっかり空いた時間に、双ヶ岡の山を散策。グルグルのヤツラが、ギュンギュンきてる。いいね、斜めになったのをしり目に、まっすぐ伸びて(笑)

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近所の桜。最近人間、騒いでるけど、どうしたの? って、かわいくつぶやくが如く。いい風が吹いていた。




⑥一枚目のアルバムの7曲め…「アカイツキ」のちょっとバカな物語


アカイツキ/きしもとタロー(ミヤコオチ) The Red Moon/Kishimoto Taro (Miyako-Ochi:New style Quena) - composed in 1997

 

小学校の時、「小説を書く」という授業があった。最終的には自分で表紙を付けて原稿用紙を綴じた後、冊子で提出する事になっていたが、あくまで授業なんだし、時間内で提出できるボリュームの物語を書けばいいものを、僕は書き終えるのに数ヶ月はかかるであろう壮大な一大巨編にとりかかってしまった。当然のことながら、締め切り日に提出できたのは大巨編の冒頭部分のみ。本編が始まる前のプロローグだけで既に提出分のページ数を超えていた。

「紅い月が輝く夜に、それまで存在すら知られていなかった世界各地の古代都市の遺跡や遺物が、海底から、そして連なる山脈の尾根や地底から、月の引力に導かれるようにして次々に姿をあらわす」…その「次々と姿をあらわす古代都市の遺跡や遺物の数々」のシーンだけで、既にテンションがマックスに上昇した僕の文章は、友人たちにも先生にも意味不明のシロモノだったらしく、発表でさわりを読み上げた際には教室が静まり返り、読み終わると先生が困惑の表情を浮かべていた。「えっと、あちこちに話が飛び過ぎてて、意味がよく分からない…これは何の話??短くできなかったの?」

え、あちこち?短く?地球規模に話を展開したら、いきなりの拒絶反応か。ダメだ!この連中には壮大な考古学ロマンが通じない。地球文明が・これまでの歴史がひっくり返るような物語なのに、今まさに月の正体が明らかになり、様々な超古代文明が実はつながっていたという、人類史を塗り替える事実が明らかになる物語なのに(注:小学生の妄想)。「それからどうなるの!?」という声や、「もっと読みたい!」という声が上がるかと思いきや、友人たちは全く無反応。授業であることも無視し、思いつくままに好きなものを書こうとした結果とは言え、虚しさが胸をよぎった。思い返すに僕は、この頃からあまり変わっていないのかも。

さて97年作曲のこのアカイツキは、そんな子供の頃の妄想のために作った、という訳ではない。この曲では南米の縦笛Quena(ケーナ)を基に僕自身が開発した竹笛ミヤコオチを使用している。子供の頃は後先考えずに何かを始めてしまうものだけど、僕はよく発作的に着想を得て、昼夜問わず色んなタイプの笛を作っては、試行錯誤を重ねてきた。家族にとっては大迷惑である。

ミヤコオチはそんな試行錯誤が生み出した笛の一つで、吹き口は昔のケーナのような四角い切込み型、表に6つ・裏に1つの指孔を持ち、左手の人差し指は指孔ではなく笛を保持し、指から歌口に向かって一定の圧力を加えた状態で演奏する。南米音楽と日本音楽とアイルランド音楽等の技術をミックスしたような奏法で演奏するので、少なくともそれらの素養がないとこんな風には吹かないだろうし、通常ケーナと呼ばれている笛を演奏する人で、こんな曲を演奏する人も演奏したがる人もいないだろう。

僕は都節という日本の旋法で幾つも曲を作ってきたが、その旋法の中の二つの音に、それぞれから落っこちた音を二つ付け加えるとハーモニック・マイナーの音階になる。この都節とハーモニック・マイナーに、何か文化的な親和性というか歴史的つながりのようなものを感じ、それら両方の旋法をベースにして作ったのがこのミヤコオチだ。何のこっちゃ、と思われるかも知れない…僕の中にある関心事や知識のおよそ8割位は、他の人にとってほぼ意味不明であろうことは、さすがに僕自身(これまでの人生で)自覚できている。

子供の頃から僕は月の光に興味津々だったけれど、それはある意味「怖いもの見たさ」のような感覚だったと思う。中でも紅い月は「極めてヤバいパワー」を放っているから、それで上記のような物語を小学生の時に思いついたのだと思う。青い月の夜は、どこか静かで澄んだような気持ちにもなるけれど、紅い月が浮かぶ夜は、自分の中の「うねり」のようなものが形を成していくような錯覚が起こる。月からの「視線」を感じてこちらも見返すと、自分の奥底にある得体の知れないものが、自分の及び知らぬところで呼応し始めるような、奇妙な感覚を覚えることがある。どこか怖くもあるけれど、そうしてついつい眺めてしまうのは、もしかしたら自分の内にある何かがそこに映し出されているから…なのかも知れない。

そう言えば僕は笛を作り始めた頃から、笛という楽器にある種の「恐いもの見たさ」を満たしてくれる力のようなものを求めていた。大きな音であるとか、キツい音というようなことではなく、もっと特殊な波長というか振動というか…人間以外のものが至近距離から声をかけてくるような、自分の中の「人間じゃないもの」を呼び起こす呪文のような音。静かで容赦のない「揺さぶり」のようなもの。たぶん僕は笛と言う楽器に、そんな「揺れ・揺さぶりのようなもの」をずっと求めている。

笛を吹いている人は世の中に沢山いるし、笛の音が好きな人も沢山いるだろうけれど…この楽器に求めているものや、この楽器の音色に対して持っているイメージ・こだわっているポイント等は、当然人によって異なってはいる。しかし僕の場合は、特に異質な方かも知れない。もちろん人から注文を受けて笛を作る時や、人に笛を教える時なんかは、自分自身の好みやこだわりは脇に置いてはいるけれど(そうしないと仕事にならない)。

僕は子供の頃から、耳に入る様々な笛の音色や演奏を具現化すべく、次々に笛を試作し演奏してきたから…たいていの笛の音色や演奏スタイルは「過去に一度は通過している」。つまり多くの人が好むような音色を出したり、そういう音色に合致した技術で演奏することは、正直それほど難しくはない。でも「自分が」そういう音色や演奏に魅力を感じているかと言うと、僕は上記のような「揺さぶり」を持っていないものは物足りなく感じたり、幼いものや無害なもののように感じて、それほど関心が持てなかったり、場合によっては無反応にもなってしまったりするから…。

じゃあ、害があるようなものが好きなの?と言われると、それはもしかしたらそうなのかも知れない。やさしいけれどグサッとか、静かだけど激しいとか、柔らかいのにコワいみたいな…もともと人間が「都合よく」自然に求めているようなファンタジー的イメージ世界はあまり好きではないし、むしろそういう人間的な思惑の世界観に、横槍を入れてくるような、不意打ちをくらわしてくるような、少々ヤバい系のエネルギーというか…そういう響きや歌いまわしを持ち得ていなかったら「笛である意味」って限りなく薄くなってしまうんじゃないか、とまで思っている。そして年齢を重ねるごとに、そのような偏愛的傾向?は強まって来てる気がする。ちょっとマズいな。

そうはいってもこの曲も随分昔の曲だから、改めて聴くと自分でも幼いなぁとか若いなぁとか、拙いなぁと感じてしまったりもする。自分が求めているものが変化していくことって、本当に興味深い。

ところでこの曲、「あるところ」でBGMとして使用されていたことがある。「この曲をぜひ、使わせてください」と言われて、「ドウゾ~♫」と言ったっきりなんだけど…曲がかかってる現場には、結局一度も行けなかった。ナマで見ておきたかったな~。

 

プロレスの選手が、リングに上がる時のBGMだった(笑)

⑤二枚目のアルバムの冒頭曲、「ホシノウエデ」

「はぁ、どこの星から来たの?」「ほんとに宇宙人なんだから」…大人になるにつれ、度々そんな風に言われるようになった僕は、確かに小学生の頃、学校や世の中に居心地の悪さを感じるあまり、よく独りで校庭のジャングルジムの上から辺りをぼんやり眺めては「なんでこんなトコに来ちゃったのかな~」と考え込んだりしていた。民族博物館の資料やラジオ等を通して、世界各地の伝承音楽を片っ端から聴いていた中高生の頃には「ここを離れる前に、出来るだけ触れて記憶しておかねば。いつかなくなってしまうから」という、奇妙な焦燥感を抱いていたことも思い出す。
誕生日を迎えた後の最初のアップは、この「ホシノウエデ」。一枚目二枚目のアルバムの収録曲はほぼ90年代の初期作品だけど、この曲だけが2005年の作品。二枚目のアルバムを録音する直前に作った曲で、10分ほどの間に思いつくままにまとめた短い旋律と、繰り返しだけのシンプルな構成、単純な和声進行と5拍子…一度も人前で演奏しないまま収録し、その後もほとんど人前で演奏しなかった、小さな曲。
この曲の解説には、こんな文章を書いていた。“手をつないで輪になって踊る…この曲はそんな輪舞の曲として作った。僕たちはどんなに親しい間柄でも、互いの事をほんの一部しか知らない。ふと目にした何でもない風景、自分だけが知っている出来事や経験、記憶のそこかしこに結晶化した、言葉にできない想いの数々。この世を去る時、自分だけが抱きかかえて持ってゆくような、そんな「時間の集積」が、僕たち一人一人を形作っている。僕たち人間は、人の形を借りた「時のかたまり」だ。人と人が手をつないで踊る時、そんな時のかたまりと時のかたまりが「人の形を通して、つながっている」ようにも見える。別々にあるかのように思える一人一人の物語は、どこかでつながっている。そのことを僕たちは知っているから、手をつないで踊るのかも知れない。「時」と「時」が手をつなぐ…この星の上で。”
昔から僕は、この「時」という言葉に強いこだわりを持っていた。トキという音そのものに、どこか神秘的なものを感じていた。世の中の多くの人は何気なく使っているかも知れないけれど、「時」は時間や時刻といった言葉とは少々イメージが異なっている。「時間」は元々時と時の間(幅)を表す言葉だし、「時刻」はその時間を一定の目盛りで刻んだ言葉。一方「時」は、長さも重さも変幻自在で伸び縮みもする。経験や想いなど様々なものごとを含みやすい言葉で、記憶や場面のような意味合いを持つこともある。
僕たちはこの「時」や、その間や幅である「時間」、それらを「味わうこと」でこの現象世界を生きているとも言える。たとえば一枚の絵にも、画家がキャンバスに向かっていた時間が封じ込められているし、その絵を描くまでの経験や記憶、その時々の想いも絵のそこかしこには封じ込められている。それが写真であっても、彫刻であっても、料理であっても、誰かが鳴らした楽器の一音であっても…形になって表れたものや、形にして表されたものは、それ自身の内に幾つもの時を封じ込めている。
野菜一つでも、収穫されるまでの時間をその内に秘めているし、太陽や土、水や風、他の植物や虫や動物たち、育てたヒトの手やそのヒトの想いなど…様々な関り合いの記憶もそこには封印されている。そんなことに想い馳せるまでもなく、ただ食えばいいじゃないかという人もいるだろうけれど、想い馳せる人々がどれくらい深くその味を味わうかは想像もつかないと思う。
絵を描いたことのある人なら自然に目の前の絵の中に、畑をやったことのある人なら自然に目の前の野菜の内に、「時や時間の所在」を感じることだろう。しかし楽器を作ったことのない人や、陶器を作ったことのない人は、それらの中にどれくらいの時や時間が凝縮されているか想像もつきにくいかも知れない。ましてやそれがモノではなく、演奏だとかアイディアのような「形がないもの」だったら、その背後にどれくらいの時や時間が連なっているのか、イメージすらできない人も多いだろう。
時や時間の所在に「敏感」な人は、必ず何らかの経験や知識を人並み以上に持っている。それはつまり、これまでの人生で、「自分の中にも」幾つもの時を生み出してきた、ということでもある。それは一言で言うと「立ち止まった回数」のようなものだ。
味わうって、「読みとる」ということにも近い。これはただパッと反応するようなことじゃなくて、立ち止まってジッと見るようなこと。今の社会はピンからキリまでの情報に溢れていて、それで思考が振り回されてしまう人も多いから、多くの人が情報や知識を「表面的には求めながらも、どこかで恐れ、避けてもいる」。また「パッと見てパッと反応するのが、感じるということ」と勘違いしたり、「考えたらダメなんだ」と思い込んでしまって、普段から思考すること自体を避けてしまっている人も少なくない。好きだとか嫌いだとか、分かるとか分からないとか…パッと反応することばかりに埋没して、立ち止まることには反射的に不安を覚えてしまう人も多いのかも知れない。
残念なことだけれど、効率主義と損得勘定が蔓延する今の世の中では、立ち止まることも、時間をかけて何かを眺めることも、一つの問いを持ち続けることも、奨励されてはいない。子供たちは次から次へとけしかけられて、やらされて、どこか追い立てられてもいる。「得たいものを得るための時間・周囲の理解や同意や評価や共感が得られるような時間」以外の時間は、まるで無駄で無意味な時間であるかのように思い込まされたら…人間はどこかに向かって忙しく通り過ぎるだけのような人生しか歩めなくなる。
「それどころじゃないからね」「食べていかなあかんから」「仕方ない」「忙しい」「みんな、そうだから」というような、長年月をかけて教え込まれた呪文を周囲の人と唱和しながら、道端や足元に咲いている花にも「気付かないように・見ないように・立ち止まらないように」して通り過ぎるようになると、誰かに出会っても「実は出会えていない」ような状態、そこにいても「実はそこにいることも出来ていない」ような状態になってしまう。これって、話しかけられていても気が付かない、どこに自分がいるかもホントは知覚・認識できていない、催眠状態のようなものだ。
それが人であっても、人の言葉や行動であっても、人が作ったものや表したもの、山や川や海や木々であっても、食べ物であっても…目の前のものを「味わう」ためには、その前で「立ち止まってみる」ことが必要で、実は立ち止まることというのは、「自分の中に時を生み出す」ということでもある。これはとても面白いことなんだけど…世界を観察することで、世界が生まれるというか、自分の中に世界が生まれるから、自分が見えてくるというか…「目の前のものの中に時や時間の所在を感じ、その時や時間のページを開こうとすることで(つまり、味わおうとしたり、読み取ろうとしたりすることで)、人間は自分の中にも、新しい時を生み出す」ということ。これはどういうことかと言うと、「味わっているものが多い人ほど、その人自身もまた味わい深い人になる」ということなんだけど、このことを知らない人は意外に多い気がする。
僕たちは本当の意味で、お互いの前で「立ち止まって」、その時にしかない「時」を生み出すことが出来ているんだろうか。誰かが何気なく口にした言葉や、何気なくした行動にも、その向こう側には幾つもの時が封印されている。目にした一瞬、耳にした一瞬に、その向こう側に長~い時間や幾つもの時の所在を「感じる」こと、それが「時の封印を解く」ということの第一歩と言える。
これは僕のイメージだけど、目の前の人の背後に、大きな部屋のような空間のような、一種の拡がりがあって(背後という位置表現は便宜上のものだけど)…そこには分厚い書物や太い巻き物が山積みになっている。その所在を感じた瞬間に、それらは「手の届かないところではなくなる」。どういうことかと言うと、感じるということは「心がそちらに動く・拡がる」ということでもあって、それは「距離を消す」というはたらきを持っているからだ。
本当の意味でその人の前に立てるなら・本当の意味でその人に出会えているなら、普段は手が届かないような向こう側の奥底の方に山積みにされた書物のページが、すぐ目の前で開き、自分の中の書物に書かれたものと相手の書物に書かれたものが、「かってに話し始める」ようなことが起こる。そこでお互いにとって、まさに新しい世界が開闢(かいびゃく)することもある。
これを僕は「ヒトとヒトは、互いの中にある時を運び、出会わせている」というような言い方で表現している。人はヒトの形をしているけれど…人は「自分が」思考し行動していると思い込んでいるけれど…本当は人はヒト以上のもので、そんな「ヒト以上のもの」同士が、ヒトの形を通して、大きな想いのようなものを、この星の上で形にしていっている。まぁ、そんなことを僕はずっと想像してきた。
なので、自分で曲を作っていながらも、それは作っているのかどうかさだかではないと心のどこかでは思っているし、誰かと出会って話していても、出会って話しているだけとは限らない、と心のどこかで思っている。こういう話をしても、ピンと来ない人には意味不明かも知れないけれど。
そう言えば僕は、人間が何か別の生命体に見えていることが度々ある。なので、目の前の人を「しげしげと眺めてしまう」ことがある。単なるヤバいヤツになりかねないんだけど…たぶん僕の中に、まだ人間になり切れていない部分があるのかも知れない。僕は人間にもミュージシャンにも、成り損なった生命体なのかも知れない。
昔、人形でおままごとをやった経験のある人は分かると思うけれど、子供たちは手に持った人形の「キャラに入り込んで」やり取りをしているけれど、本当のやり取りは、背後にいる子供たち同士がしている。おままごとの間は基本的に子供たちは互いの人形に意識を向けているが、時折相手から思わぬセリフが飛び出したり、思わぬストーリー展開になったりすると、思わず人形を手にした友達の方を見てしまう。そんな経験をお持ちの方もおられるのではないだろうか。
人形があれば、おままごとに参加できる。そこでは、子供たちの暮らしや環境、経験や想いが映し出されている(おままごとのセットは、まさにウツシヨだ)。それと同時に、普段は具現化できていないことや将来の夢、それから普通なら経験し難いことまで…おままごとの中でなら「やっていい」訳だから、そんな経験し難いことまでも友達と一緒に経験できる「おままごとの空間や時間」は、子供たちの成長にとっておそらくかけがえのないものなんだろう。
僕は今の現実の社会を、普段の生活を、そんな風に見ているようなところがあるのだと思う。「時のかたまり」と言ってもいいし、見えているそのヒト以上の「何か」と言ってもいいんだけど、それは固定されて枠で囲まれたような存在じゃなくて、「生き交える無数のものたちが、ある形を成している、瞬間的な状態」っていうイメージかな。それがヒトの身体を「手に」して、時空を超えた?おままごとをしている。
数年前から、自分が住んでいる京北というところで、世界各地(東欧やコーカサスなどが多い)の「手をつないで輪になって踊るダンス」を体験できる催しや講習会を続けているが、僕自身は昔から何でも独りでやりたがる方で、群れることは基本的に苦手で、集団というものをいつも避けていた方だった(笑)なのに、どういう訳か、学生の頃から「なぜ人間が集まると輪を形成するのか・なぜその輪の形態が様々なのか・なぜ手をつなぐのか・肌と肌が触れた時に本当は何が起こっているのか」というようなことに興味があって、卒論でもそういうテーマを挙げていたし、今はこんな企画を定期的に立ててもいる。全く不思議だ。
人が集まって、輪になって踊っている時、おそらく踊っている本人たちが楽しいとか、そういうことだけじゃなくて…何か僕たち自身が認識出来ていない「それ以上のこと」が起こっている気がする。僕たちがつなげているように見えるものは、実は僕たちがつなげている訳じゃないのかも知れない。僕たちがつながっているように見えていても、本当はそれ以上のものがつながっているのかも知れない。僕たちが出会っていても、本当は僕たち以上のものが出会っているのかも知れない。そしてそれは、本当は出会いではなくて…「再会」なのかも知れない。
同じ時代に生まれ、同じ地域で暮らし、同じ学校や同じ家で暮らす者たちは、同じ時間の中にいるように見えるのに、どうして別々の肉体の中で、別々の経験と記憶を重ね、別々の想いを抱き別々の「時」を過ごしながら、「世界や時を分散させている」んだろう…僕はそれがずっと不思議だった。
このホシの上で、同じ時に居合わせたヒトとヒトが、お互いの前で本当に立ち止まって、そこで一緒に互いの中の「時」を開き合い、そこに新たな「時」を生み出せるなら、ココにやってきた理由は今よりもずっと、見えてくるような気がする。
 

④最初のCDの5曲目「アキニナレバ」の、ちょっと不思議な物語


アキニナレバ / きしもとタロー(ケーナ) When Autumn Comes / Kishimoto Taro (Quena) - composed in 1994

精神的に苦しかった時に作った曲が、何故かその後リクエストが多くて演奏回数を重ねていく…なんてことが不思議とある。もちろん曲を作る(何かしらのエネルギーと向き合って形にする)ことで、僕自身はもう次の状態になっているから、演奏する度に苦しかったことを思い出す…なんてことはないし、むしろその逆で、回数を重ねるたびに自分の中では何かが形になり、堆積し沈殿し、落ち着いていくのを感じていたりもする。 そんな作品の中で、これまで最もリクエストが多かったのがこの「アキニナレバ」。1994年の作品で、解説文にはこんなことを書いていた。
“木々の葉が色づく。その時僕たちは「何に」美しさを感じているのだろう。変化はこの世界の在りようそのもので、「変化そのものになっているからこそ」、生命は輝くのかも知れない。 しかし人間は、時として変化を恐れる。この変化の世界に在りながら、僕たちはしばしばこの世界を、時の流れを、変化を、在るままに受け止められずにいる。自分でありながら自分の在りようを受け入れられないかのように。”
僕は子供の頃、兵庫県のとある田舎に住んでいた。付近には茅葺もまだチラホラ残っていたし、ぐるり視界には田んぼが広がり、学校の隣にある広い敷地では筆筒の竹をカラカラと転がしながら乾かしていて、その音が小学校の校庭に響いて聞こえていた。通学路は時折あぜ道に外れ、学校までは子供の足で一時間位、途中すぐに川へ降りて行ける箇所が幾つもあって、登下校中はそこらへんを野犬が歩いていた。友達の中には、冷蔵庫がない家や、吊り橋を渡って行くような集落に住んでる子もいたし、着物を着たお婆さんがいつもその辺を歩いていた。
こう書くと、牧歌的で平和なイメージを持たれるかも知れないが、多くの人々はどこか保守的で、外から移り住んだ人はまだ少なく、あちこちに軋轢が生じていた。その中に被差別部落と呼ばれた地域があったり、朝鮮出身の人々が暮らしている地域があったり、孤児院があったりして、幼いながらも社会の理不尽、そういったものに対する憤りややるせなさを感じるには充分の環境だった。
ともあれそんな訳で、僕の音楽には原風景として山村や農村がある。ちょっと怖いけど心安らぐ森や林、そして今では危ないと敬遠される暗闇、そしてそこに暮らす人々が抱え持つ影の部分が、僕の音楽のイメージには潜んでいるような気がする。子供の頃の僕はアウトドア派でもなかったけれど、それでも季節の移り変わりや野山の様相、田舎に住む人々の心の様相は、多くの影響を僕にもたらした。
そしてその頃、僕はいつも自分の周囲に自分以外の「何者か」の存在を感じていた。その何者かは最初「目」に近くて、部屋にいても外にいても、常に何かの視線を感じる。どこから自分を見てるんだろうと、僕は部屋の壁や天井、家の隅々や周囲の木々や建造物など、あらゆるところを探し回った。その視線を確かめるために、「この辺かな」というところに目玉のシールを貼って、それを改めて眺めてみて、確認したりもしていた。
その目は僕を見てるだけで、特に何もしてくれない。どんなにしんどい時でも、「ただ」見ている。もちろん、見られててイヤな時もあるんだけれど、次第に慣れてきて、それはもう僕たちのような「反応や評価や判断」といったものをしない(そしてそのかわり、助けもしてくれない)、よくわからない者の目なんだと理解するようになった。そして「目」の次は「手」だ。手と言っても、物理的な感じの手ではなくて、形のない手というのかな。
その手は、意外な瞬間に「はたらきかけてくる」。そしてどうもこちらの準備というか、あちらとの信頼関係というのか、何かの条件が揃った時なのかも知れないが、こうしたいというような想いも特にない時、力が抜けて思惑が消えている時なんかに、自分の力や想いだけでは起こり得なかったようなことが、そして自分で望んでいた訳でもないけれど振り返ってみれば求めていたかもしれないようなことが、身のまわりや自分の身に、起こる。「そう運ばれる・そう導かれる」という感じのやつだ。
先だって久しぶりに学生さんと会って、「他力」について話していた。今の社会は、明治以降の近代的な思考パターンに則って物事を捉えている人が多いから、自力は「他人を頼らない・自分以外の助けをあてにしないこと」で、他力は「他人を頼ること・自分以外の助けをあてにすること」みたいな、単純な思い込みを持っている人が多い。実際に、他力とは何を指しているのか、本願って何のことなのか、法然親鸞はどういう時代にあって、どのような思想転換を起こそうとしていたのか、知っている人は少ない。また、自力本願などという言葉が本来仏教にはなかったことを知らない人も多い。知らずに、周りの人たちが使うようにして使っている。
自分だとか、自力だとか、自立だとか、自信だとか…こういった言葉を「近代西洋的な概念の借用」によって使っているうちに、物事を単純な線引きで捉えようとしてしまい、思考パターンが単純化してしまっている人は多いように思う。
たとえば一つの現象は、様々な「はたらき」が合わさることで生じている。自分が変化することは、変化しようとする「自ら(みずから)の」はたらきと、変化へ導く幾つもの「自ずから(おのずから)の」はたらきが合わさって、自分が変化「することになった」というわけ。では、そのような「はたらき」の邂逅は、どんな風にして起こっているのか。これは昔から、僕の大きな関心事だ。
僕たちは秋の黄葉・紅葉を眺めて「きれいだな~」って感じるけれど、あれってなんでそう感じるんだろう。単純に黄色や赤の色?それともいっせいに色が変化するという現象に対して?夏の緑だって綺麗なのに、秋の黄葉・紅葉の時期は多くの人にとって、どこか特別だ。 ちなみに、物体は光の中のある部分は吸収し、ある部分は反射する。その反射した部分の光…つまり跳ね返された光を人間は「その物体の色」として認識してるから、つまり葉っぱそのものは(緑色を吸収しないで跳ね返すから)緑色に見えているけど、ホントは?緑色じゃないとも言える。緑色が人間に与えている恩恵は計り知れないけれど、そういった関係は、どっちのはたらきで成り立ってきたのだろう。どっちのはたらきかけから生じていったのだろう。という風に、「どっち」とか考えているうちは、恐らく浅慮な答しか出て来ないだろう。
そして秋になって葉っぱが色を変えるのは、単に「段々枯れていってる」からだけじゃない。実は冬に向かって太陽光線が弱くなり、気温が下がり、これから水分を節約しないといけない状況を迎えると、木は葉から枝にクロロフィルを分解し移行させ、光エネルギーが過剰にならないよう、つまり光合成を効率よく維持するために色を変え、最終的には葉へのエネルギーを止めて足元に落とす。「そうなってきたから、こうしようかな」とかじゃない。「こうしてるんだから、そうなってよ」とかでもない(意味、伝わるかな)。
時が訪れた際に、躊躇なく変化を迎えられるのは、実は既に、「常に変化してきているから」だ。変化していないように見える時でも、変化し続けている。そしてその変化を自ら感じ、その変化を自ずから知らされているからこその、ある種の「信頼関係」のようなものがこの現象世界にはあって、だからこそ「待っている訳ではなく、待っている」んじゃないかなと思う。ここに自力や他力の線はない。そこに人間が線を引くとしたら、恐らく浅慮な思い込みしか、生み出されないだろう。
というようなことを考えながら、なかなか変化できないでいる自分に対して暗澹たる想いを抱き、そして暗澹たる想いに沈む自分に対して何故?と自問を繰り返していた時に作ったのが、この旋律。
そう言えば昔から、どういう訳か「悩み事あまりなさそう」「いつも自信ありげ」「楽観的で元気」「裕福で生活に困ってなさそう」等と、周囲の人から思われやすかった。何故だろう、顔か雰囲気か、はたまた言動か??それは分からないけれど、人って基本的には勝手なものだし、事実を知ろうとするより、手元の少ない情報で勝手な物語を作ってしまうものだ。そしてそれを、ついつい(無責任にも)共有したがるもの。基本的には、他人からの誤解や曲解、思い込みも「悪意はない」として放っておくしかない(場合によっては、悪意も少しはあるかも知れないけどww)
でも、そもそも僕の事実を「知らなくていい人たち」は、僕が「近しい関係」を築く必要が、本当はない人たちがほとんど。そして「近しい関係」になったら、誤解や曲解は「自ずと」、生じにくくはなる。誤解とか不理解、そして認識されないことや評価されないことって、人間が一番苦しむこと…って言ってる人もいたけれど、人知れず咲いては散っていく花だってあるし(本当は大半がそう)、誤解されている動物や植物だってこの世にはいっぱいある。
とは言え、「いる」だけでそこに「清々しく、いられる」…というような境地には、なかなか届かない、人間としての自分もある。でも、そういうところに向き合っていたいという想いがあるから、こうして常に「問いかけ」が、どこからかともなく、もたらされるとも言えるんだろう。
ところで蛇足ながら「秋」という言葉は、ついつい収穫のイメージから「飽くほどに」の飽きが語源、と思ってる人も多いけれど、日本語全てを農耕と結びつけるのは無理があるし(近代の悪い癖)、飽くにも更に元の語源がある。赤、明、開などの文字が当てられていることでもわかるように、「ア+カ行」の言葉には元々「エネルギーが満ちている」というような共通のイメージがあったらしい(アはエネルギーや根源的な力のイメージで、カ行の音は顕現を表す音だったという説がある)。そう思って秋を眺めてみると、人生における秋は、なかなか良いものだということがわかる。

③最初のCDの4曲目「マナツノカゲ」の、ちょっとロックな物語

もう、お気づきだと思うけど…僕の最初のアルバムには「春夏秋冬」、それぞれの季節名をタイトルにした曲が入っていて、このところ週末ごとにそれらの動画をアップしている(今回遅れたけれど)。次に紹介するこのマナツノカゲは、その中で最も人気のなかった曲で…(笑)実は1997年に作ってから人前で演奏した記憶もあまりない曲。もしかすると意識的に避けていたのかも知れない。なにしろ僕はこの曲を聴くと、世間の潮流から大きく外れていった10~20代の頃の、小恥ずかしい出来事の数々を思い出してしまうから。
昔から僕は、年齢がずっと上の人たちと親しくなりやすかった。同学年の連中とは話も合わないし、好みも合いにくい。音楽の好みも、ずっと上の世代の人々との方が合いやすかった。昔の歌には、風情があったし、世代を選ばない普遍性があったように思う。それはまだ芸術や文芸が、本当の意味で暮らしに近いところにあった証拠じゃないかと思う。
抒情歌と呼ばれる音楽が沢山作られた時代や、フォーク(日本のフォーク)の時代には、春夏秋冬をうたった歌や、風土や郷土をうたった歌が数多くあった。愛着あるものが近くにあり、それらに対する想いを多くの人々がまだ共有していたからじゃないだろうか。
そんな抒情歌やフォークの時代もやがて過ぎ去り、「しらけ」という言葉が蔓延し始めると、抒情的な旋律も、熱を持った歌も、世の中から次第に姿を消していった。社会や政治に疑問を持つことは段々流行らなくなってきて、テレビ礼賛と市場経済の暴走に拍車がかかり、人々の関心は都市型の暮らしと、そこで回っているカネに集中した。「稼げない生き方なんて、もう流行らない」「乗っかれるところに乗っかって、得るものをバッチリ得る方が賢い」てな感じで、認知や評価・カネに代わらないようなものは、限りなく無意味であるかのように人々は言い始めた。あさましいことが小賢しいことが、利己的であることが効率主義であることが、もはやクールであるかのように置き換えられていく時代が始まった訳だ。
大学進学率が上がり、受験勉強、就職活動…それなりの人生を歩もうとするならば、選択肢は他にないと言わんばかりの画一的な価値観の蔓延で、メディアや教育の現場は、確実にどこか「おかしく」なり始めていた。田舎では過疎が進み、乱開発が繰り広げられた。都市文明と市場経済の「大はしゃぎ」と、地域社会の崩壊・自然環境の破壊という影の過程は、まさに同時進行だった。
その後、校内暴力や非行が社会現象のようになり、ツッパリがイケてる・カッコいいみたいな雰囲気が漂い始めると、テレビやラジオからは「大人は分かってくれない・教科書は何も教えてくれない」といった、学校や社会への文句、若者の嘆きと幼稚な反抗の歌が流れ出すようになっていた。もちろん、共感を呼びカネになるから、業界はこれらを商品化する訳で (当時僕はそういう歌を「泣き言ソング」と呼んでいた)、大多数の共感を呼ぶ限り、不安も不満も儲けのタネとして煽られる。不良ぶった歌や、幼稚な恋愛の歌、都会的なアヴァンチュールの歌、ノリで作ったようなアイドル・ソングが、ファッションとしてトレンドとして、ドッと世の中に溢れ出した時代だ。
音楽業界にはニューミュージックという、極めてテキトーなジャンル名が登場し(笑)、レンタルショップの服で着飾ったようなサウンドが世の中の主流になってしまった(もちろんこのジャンルに含まれる音楽を否定している訳ではない)。いよいよ時代は、個々人の利益追求とその競争を最優先させるようにして暴走を激化し、この空気感はその後バブルがはじけるまで膨張し続ける。
小学4年で学校に絶望していた僕は、その後軍国主義の名残のような雰囲気が漂う男子校に進み、極左極右の両翼の教師に囲まれながら、そんな社会への疑問をため込んでいた。何かが、狂っているんじゃないか、いやそもそも世界はずっと狂っていたのか、ではいつからこんなに狂った状態のままなんだ。
僕ははしゃぎ回る世の中にも馴染めず、下らない価値観を押し付けて来る学校にも馴染めず、テレビやラジオから流れるニューミュージックとやらにもさほど興味を持てず、誰と共有するでもない自分の世界を独り模索していた。
高校を卒業したら、まずは「宙ぶらりん」になろうと僕は決めていた。小学生の頃から雲水や修行僧に憧れていたから当然と言えば当然なんだけど…生まれてこのかた、常にどこかに所属し、帰属させられてきたから、そのおかげで帰る場所と寝る場所はあるものの、何に対しても感覚的に「身一つの状態で対峙できていない」という違和感のようなものがあって、これは当時の僕にとってかなり「気持ちの悪い」ことだった。もちろんまだ一人で生きていけるような力を持ち得ている訳でもないし、家族を不安のどん底に陥れる覚悟もある訳ではなかったけれど(とはいえ両親を随分、絶望に追い込んでしまったが)、一旦自分自身を何らかの形で「社会的思い込みの外側」に置いてみないといかんなぁと思っていた訳だ。
と言っても、やってたのは大したことではない。中高生の時に独りで山の中をほっつき歩いていたのと変わらないんだけど、まずは「先ほど地球に降り立った宇宙人のように」、人間の文明、構造物、街、そういったものを改めて「肌で」感じてみようとした(文字通り)。真夜中にパンツ一丁で外へ飛び出し(一応最悪の事態を想定してパンツだけは脱がなかった)、自転車で様々なところを訪ね回ったのも、この第一次宙ぶらりんの頃。昼間に車が行き交うアスファルトの上や、線路のレールの上で寝てみたり(何度か怖い経験をしている)、学校や施設などを訪れて(侵入し)そこらで寝てみるとか、あらゆるところを触りまくるとか、勝手にその辺で一人お茶会をするとかして、その格好のまま闇の中を放浪…みたいなことを度々繰り返しながら、高校卒業後の僕は16歳の頃に見た白昼夢(過去の投稿で紹介したビジョン)の映画化を目論んだりしていた。たぶんその時、僕を暗闇で目撃した人は、ブリーフをはいたグレイか何かだと思ったに違いない。
その後、急に思い立って大学に入ったものの、世の中はバブル時代に入りつつあり、就職も空前の売り手市場だったが、僕はそんな社会を「狂っている」と感じていたし、銀行システムは近く破綻し、法律も形骸化し、貨幣経済は遅かれ早かれ崩壊するだろう、なんて当時から言ってたくらいだから(もちろんこれは一部の友人たちから大批判を浴びた)、就職活動に精を出して内定の数を競い合ってる同学年の動向には興味すら持てず、独り異質な世界に向かっていた(つまり第二次宙ぶらりん期に突入した訳だ)。それよりも色んなアルバイトをしながら、社会の異なる層に生息している人間を色々見てみたい、等と思っていた。ちなみに最初はそんなアルバイトの一つが、音楽でもあった。
そんな訳で僕は、バブルの恩恵に与ったことがない。高校卒業時の将来は白紙だったが、大学卒業時も将来は白紙、もちろん音楽家になるなんて決めてもいなかったし、バブルの頃はとにかく世の中につながるつもりがなかったから、ひたすら日銭を稼ぐ程度のことしかせずに趣味に邁進していた。卒業後一年経った頃、同学年の連中はまだろくに働けていなかったはずなのにガッツリ給料をもらって暮らしていたにも関わらず、久しぶりに会ったら「いやぁ、入ってみたら思ってた感じと違ったから、もう会社かえよっかな~」なんて宣っているものだから、この人たちは一体どうしちゃったんだろうと思っていた。
僕はその頃、深夜の梅田東通り商店街で、笛を片手に終電逃したサラリーマンたちにキャンディ・キャンディ歌わせたり、ペルーのダンス曲でルンペンたちを踊らせたり、地元ヤクザの襲撃を交わしたり、警備員たちの追撃から逃げたりしていた。あの頃はいろんな事件があったなぁ~。後に音楽の活動を本格的に始めた頃、ホールでコンサートをしながら当時のことを思い返した時は、ちょっとめまいがした(笑)
さて、冒頭で書いたようにある時代以降、この国では春夏秋冬をうたう曲が急速に減り、サクラやらクリスマスやら、ステレオタイプな季節ネタの商品だけが、しかるべきタイミングに生産され店頭に並ぶ状態になってしまったが、僕のアルバムにある春夏秋冬タイトルの曲は(フユノダンスやハルノヒの物語で説明したように)、それぞれの季節を絵的に描こうとした訳ではない。季節って、人生における様々なタイミングの象徴でもあって、僕にとってのマナツは10代から20代にかけての、想いだけ前のめりだった時期のような気がする。
社会はギラギラした欲求を渦巻かせて熱中症のようにどんどんおかしくなっていたし、時代が落とす影はどんどん濃くなっていたし、僕自身は「こんな社会には最低限しか付き合えない」「学校には、下らない思い込みを押し付けられて、自分の時間を浪費させられた」と感じつつ、自分の時間を取り戻そうとしていた。でも実際には、身体的にはエネルギーが満ち溢れているのに、どうしようもない位に世間知らずで、知識もさほどなく、バカバカしいことで更に時間を浪費しながら、ただたださまよっていただけなのかも知れない。
この曲を聴いて「東南アジア・ロックって感じ」と言った人がいる。確かに音階的には東南アジア的な要素もある。アイリッシュ的な旋律が日本の陰音階に変化し、それが東南アジア的な音階に変化する…といったヘンテコな曲だけど、どういう訳か日本の音階をキャッチする人は少ないみたい。
それにしてもロックか…エレキ使ってたらロックとか、ドラムセットで8ビート系鳴らしてたらロックとか、それくらいの「何となく」なイメージでしかロックを捉えてない人が多いのが最近のこの国だけど、そもそもロックとポップスって大きく隔たったものだって認識している人は、今どれくらいいるんだろう。ちなみに僕は10代の頃、パンクやハードやプログレも随分聴いていた。怪しげなレコード屋に通っては、インディーズ系も漁って聴いていたし。ただ、パキスタンスーフィズム系音楽やガムラン音楽なんかと同じ感覚でロックも聞いてたから、他の人とは聴き方が違うかも知れないけれど。
個人的には、ただ「大人に対する若者の叫び」のようなものは、ロックと思って聞くことが出来ない。もしそれがロックならば、ロックは子供の音楽ということになってしまう。プロテストソングでもなく、風刺も怒りも哀しみもない、ただの8ビートの、ホレたハレたの歌は10代ターゲットのポップスと言った方がいい(でもホントはカーペンターズ位のクオリティじゃないとポップスとは呼びたくない)。
よく分からんこと言ってるな、と思われるかも知れないけれど、基本的な段階から電気の力を借りて(〇電様から電気を送って頂いて)、指でつまみを回して音色作って音量上げただけなのに、爆音ライブとか言って盛り上がってるのを見てしまうと、ロックどころか、いきがった先進国の現代っ子って自己紹介してるみたいやんか、と思ってしまう。僕は中学高校、軍隊式トレーニングと体罰で部員が次々に泣きながら逃げ出す暴力ブラスバンドにいて「校庭の向こうの体育館の窓ガラスを、最大音量で割れ!割るまで戻って来るな!」というような、意味不明の理不尽が吹き荒れる中で生音・爆音を追求してたから(笑)つまみ回してインスタントに大音量で浸ってる連中を見ると、ちょっと待てや、ロックなん?そのマインドは?と少々心萎えてしまったりする。
僕にとってのロックのイメージは、もしかしたら徒手空拳ということなのかも?ならば、生音勝負の路上で爆音出すために息圧と腹筋鍛えてたあの頃の僕は、それなりにロックだったのかも知れない(僕は路上演奏で電気引っ張ってやってる連中は、そもそもまともなミュージシャンと認める事が出来ないww 肉声で人の足止めてた、昔の路上歌うたいのトンガリとパッションを拝ませてやりたい)。そしてバブリーな世の中の旨味も吸わずに、灼熱の砂浜で鉄材かついで死にかけたり、ヤクザのシマで投げ銭稼いでたあの頃の僕は、確かに(ちょっとは)心のどこかでロックを目指していたのかも知れない。
まぁ僕の「夏の想い出」回顧…みたいな曲なのかも知れないな。やっぱり恥ずかしくて人前であんまり演奏しなかったのかも。